ちょっと小粋なカプリチオ
華やかな舞台衣装を身に纏い、ぴよこは一人舞台に立っていた。
形状はドレスに近しいものだが身体の露出はほとんどなく、またどこか和装らしさもあるなんて一風変わった服装だった。
ぴよこが緊張した表情でぺこりと頭を下げると、音楽が鳴り始め、ぴよこは動きはじめた。
「あら? 舞踊……かしら?」
少し不思議そうに南雲は呟き、それを俺は否定する。
「違うぞ」
「へ?」
緩やかな音楽に合わせ、格調高く踊る。
確かに、伝統芸能の舞踊に見えるだろう。
だが、それは最初だけ。
音楽が加速する。
緩やかだった曲は徐々にアップテンポとなり、踊りもそれに合わせ激しくなっていく。
つまり……。
「ぴよこの得意芸は近代舞踏――つまり創作ダンスだ」
アップテンポの激しい曲に合わせ、ぴよこは楽しそうに、笑顔で踊っていた。
別にぴよこはダンサーと呼べる程熟練しているわけではない。
良くも悪くも学生らしい、軽い感じ。
けれど、伝統芸に偏ったゆえに重厚となっていた雰囲気にはそれが効く。
その証拠に、観客の表情は緩み、場の空気も随分と軽くなっていた。
「まあ、悪くはないけど……」
南雲はどこか納得いかなそうに呟く。
まあ当然だろう。
素人のダンスが喜ばれているのはぴよこが亜人であることに加え、これまでの奉納の積み重なった失敗からの落差によるもの。
本当にそれだけだった。
ここまでなら――。
突如、ぴよこの上下が反転する。
逆立ち……ではない。
手が、床に付いていなかった。
まるで、重力が逆さになったかのような状態。
目の錯覚かと疑うような、脳がバグったと感じるような、そんな不可思議な光景。
だから、会場から、驚きの声が幾分も漏れる。
ぴよこは当たり前のように、空を蹴り踊り続けた。
翼を使った短期間の浮遊を最大限利用し、天地関係なく、あらゆる方角を踊りに活用する。
アクロバットな動きは、視覚的な驚きを与え、観客の歓声を集めていた。
「これは……強いわね」
南雲は唸るように呟く。
若干、納得したくないというニュアンスが含まれるが、それもしょうがないだろう。
巧いではなく、強い。
その表現が、南雲の心境を表していた。
【神裔】
それが亜人の正式名称。
それは神の子を意味する。
つまり、亜人という存在は神に愛されやすい。
だから、ダンサーとしては素人であるぴよこでも、亜人としての特徴を最大限に生かせば、十分な質と量の奉納が可能だった。
ついでに言えば、楽し気に踊る女の子というだけで視覚的効果は強く、観客も割と満足出来る。
それは純粋な芸でなく媚びを売るタイプの芸と言っても良く、職人気質な人には不評を買いやすい。
だが……これで終わりではない。
ぴよこにはもう一つ、武器があった。
(時間的に、そろそろだな)
そんな俺の予想通り、曲調が変化する。
より、早く、
そしてただアップテンポなだけでなく、間抜けな音のコミカルなものへと。
対してダンスは音に合わせず、少しゆっくりめ。
代わりに、ダンスの中に走ったり笑ったりと動きが協調され、どこか演劇チックに。
かと思うと、壁にぶつかって急停止したり、何もない場所が階段を上ったり……。
つまり……。
「パントマイム……」
南雲は驚いた表情で呟いた。
そう、パントマイム。
ぴよこは羽を持つが、そこまで自由には飛べない。
その羽は長時間飛行出来ない。
その羽は素早く移動出来ない。
その羽は高く舞い上がることが出来ない。
けれど、舞台という限定した空間なら、どこまでも自由であった。
羽を使ったダンスは、必ず限界が来る。
良くも悪くもぴよこのダンスセンスは平凡であるからだ。
だが、羽の力を活用したパントマイムに限界はない。
マイムアーティストとしてのぴよこには、大いなる未来が残されていた。
「これは……見事ね。確かに伊織ちゃんの言ってた意味がわかるわ。奉納科に向いてるわ彼女」
「だろ? ちょっともったいないって思うわ」
「そう? むしろそれだけ出来るのに刀匠科に行ったってのが最高にロックで素敵と思うわよ。一体全体どんな心積もりなんでしょうね?」
そう言って南雲はこちらをにやついた目で見て、肘でつんつんとしてくる。
俺は南雲から距離を取り、そっと素知らぬ顔を見せた。
そして、ダンスが終わりぴよこが頭を下げた瞬間、これまでのおざなりな拍手は何だったんだと言わんばかり、拍手の大喝采が轟く。
舞台の両脇が、淡いオレンジに光っていた。
戻ってきたぴよこにタオルを渡し、労いの言葉をかける。
会話はしない。
そんな余裕は、今のぴよこにはない。
元々体力が控えめであることに加え、羽を使うのは外見以上に疲れるらしい。
しかも大舞台の上で、緊張しっぱなしだった。
限界であるのは当然。
舞台の上で倒れなかっただけで十分過ぎるくらいに頑張った。
ぴよこが回復するくらいの時間の末に、南雲と少年の奉納が始まる。
少年は奥でグランドピアノの前に座っていた。
芸だからこそ、何をしても問題はない。
ただ、正直厳しいと俺は感じていた。
奉納において重要なのは、ただ神の評価のみ。
だが、場の空気というものは決して馬鹿に出来ない。
場の空気、つまり観客の評価が低いときは、同時に神々の評価も低い。
観客程度を納得させられない芸を、神が好むはずがないからだ。
観客の評価が悪いのに神々にだけ評価が高いなんて『例外』は早々起きない。
――そんな例外にして反則なんてのは。
そういう意味で言えば、ピアノなどの演奏はよほどの熟練者でない限り、観客受けは悪い。
演奏会などと異なり、観客は音楽の素人ばかりであるからだ。
音の違いなど、わかるわけがなかった。
(さて……南雲は一体何をするつもりだ……)
独唱か、伴奏か、ピアノを使い何を……。
そして、南雲は姿を見せる。
空気が、一瞬固まった。
俺も正直、絶句した。
南雲はシルクハットに黒のスーツを着て、ピエロ風メイクという非常に奇抜なもの。
どことなく、凄腕マジシャンぽい雰囲気は出ていた。
もしくは、少年漫画の性根の腐った強敵枠。
ただ、そんな服装よりも目立つ部位がある。
南雲の両手が、可愛らしい人形となっていた。
手人形、ハンドパペットと言われるものだ。
つまり……。
「あいつ、人形劇をするつもりかよ……」
選択肢としては悪くないが、難しいのも間違いない。
観客の客層から見て、少しばかり、幼稚過ぎるからだ。
唐突に、少年の演奏が始まった。
それは片手演奏に毛が生えた程度の、拙いもの。
対して知らない俺でさえ、不安になるような演奏だった。
(大丈夫かよ……)
そう思ったが、心配したのは最初の数秒だけだった。
本物の芸というものがどういうものか、俺は忘れていた。
本物は、内容も客層も関係なく、万人に理解させる。
気付いた時には、俺達観客の目は皆、南雲の動かす人形しか映らなくなっていた。
内容は『勇者がドラゴンを倒す旅に出た』なんて良くある……いやあり過ぎてありふれた、そんな王道ファンタジー。
ただし、内容は相当にコメディチックで軽い。
まるでギャグ漫画のように警戒にストーリーは進行していた。
時にドン・キホーテのように蛮勇を笑わせ、時に勇者にあるまじきに臆病さを見せて。
その情けなさと酷さには、観客たちも思わずブーイングを口にする。
本来ならマナー違反であるはずの観客席の非難さえも、南雲は人形劇の一つとして組み込んでいた。
単音に近いピアノ音も中々に間抜けで、雰囲気に適している。
そして、クライマックス――。
場が、一気に盛り上がる。
それは、非常に長い龍だった。
南雲は何メートルもある龍を自由自在に、まるでジャグリングのように操作棒を投げ宙に浮かしながら操っていた。
両手人形のまま、人形の手と自分の両足を使い披露する人形とドラゴンの戦いは、まるで何人もが同時に操っているかのようでさえある。
内容もそうだが、その技巧に正直目が奪われる。
それは正しく、芸だった。
そして最後――勇者はドラゴンを倒すものの、その身体に刃を突き立てられなかった。
臆病者ゆえに、命を奪う選択肢を取れなかった。
今まで散々観客が馬鹿にしてきた勇者の臆病さ。
情けない、くだらないとコミカルな内容に笑っていた弱さ。
だが、その選択に不満を覚える観客はいない。
ドラゴンが子と共に王国を去っていく姿は、彼だからこそ起きた奇跡であった。
今までの間違いであった臆病さこそが正しかったのだと、そう伝えているかのよう。
そんな教訓めいたしんみりする最後で、舞台の幕が下りる。
当然、満場一致で拍手御礼。
神の評価は黄色に近いオレンジ。
ぴよこよりは低いが、十分高得点だった。
ありがとうございました。




