日常を大切とするために
やたらと、ながーーーーーーい高級車が、校門の前から去っていく。
正直言えば、ぶっちゃけ断ったことをちょっと後悔してた。
別に複雑な事情やらあるわけではなく、ただ単純に、ちょっとばかり高級車に乗ってみたかった。
列車みたいな感じなんだろうか。
ドラマでよくあるおつまみみたいなものが本当に出るのだろうか。
柿ピーとか食べられたのだろうか。
気になる。
とてーも、気になる。
さらに言うなら、王女様の別荘ってのも、きっと俺たちの想像もつかないような感じなんだ。
虎とかライオンとかいて、でっかいプールが付いていて、やたらと金ぴかで。
見てみたい。
すごーく、見てみたい。
だからたぶん……俺一人でよければ王女様に会いに行っていた。
それでも、一人でないからその選択肢は選べない。
ぴよこを危険に晒す選択肢を、俺が取れるわけがなかった。
過ぎ去る高級車と共に未練がましい気持ちも過ぎ去らせ、俺は先輩の方に向いた。
「では先輩。俺は……」
「ああ、構わない。クラスメイトと仲良くすると良い」
そう口にする先輩は、微笑ましい目を俺に向けていた。
「そう言われると、何かちょっと恥ずかしいですね」
「青春とは得てしてそういうものだ。とは言え、急ぎではないが私も色々と話したいことがある。落ち着いたら、私にも付き合ってもらうぞ。無論、アセリアと共にな」
俺は大きく頷いて、メイドの元へ向かった。
「そっちの要件の前に、先に一つ言わせてくれ。ありがとう」
俺の言葉に、メイドはきょとんとした顔を向けた。
「はて、それは何についてでしょうか? むしろ私の方こそ、先客を断らせるなんてお手間を取らせてしまったことに、感謝と謝罪をすべきと思っているのですが……」
「いや、昨日あの後、俺を助けてくれたみたいじゃないか。ちょっとよくわからないが」
昨日の結末について、俺はぴよこから間接的に、かつ遠回しにしか話を聞いていない。
だが、気絶した俺を速やかに救ったのはメイドとTシャツマッチョで、さらにメイドは王女様と揉め、共に反省室送りになったことは知っている。
だからこの場合は……。
「いや、俺も先に謝罪からだな。俺の所為で迷惑をかけた。本当にすまない」
少し無言になった後、メイドは微笑を浮かべた。
「気にしないで下さい。私はご主人様のメイド。四組の為ならば、どのようなことでも苦労はありませんとも」
その言葉が本気なのか冗談なのか、ちょっとわからない俺は曖昧な笑みで誤魔化した。
「あ、あはは……。とりあえず、ありがとうとごめんを伝えておくな」
「受け取りました。ですが、メイドには『ご苦労様』で十分でございますよ?」
「クラスメイトとして扱わせてくれ……」
「了解しました」
「んで、それはそれとして、篠宮……だったか?」
「メイドとお呼び下さい」
「いや、やっぱ……」
「メイドと」
「だか――」
「メイドと」
にこやかな表情だが、声はやたらと力強かった。
「……そこは譲ってくれないんだな」
「ええ、メイドですので」
「メイドさん」
「はい。なんでしょうか、水無川様」
俺は大きく溜息を吐き、せめてもの抵抗で一言だけ返した。
「……伊織でいい」
「かしこまりました。伊織様」
そう言葉にするメイドは、腹立たしい程の会心の笑顔だった。
「それで尋ねるんだけどさ、そっちの用事って昨日の俺たちの騒動に関係することだよな?」
俺の言葉に、メイドは気まずそうに首を横に振った。
「いえ、申し訳ありませんが別件です。クラスメイトとして、伊織様に少し用事がございまして……」
「俺に?」
「はい。とりあえず、先に教室の方へよろしいでしょうか?」
俺とぴよこは頷き、三人で教室に向かった。
「つまり、クラス協力体制のための助力を願いたいと思い、伊織様に声をかけさせていただきました」
教室の中で、メイドは俺にそう言った。
よくわからないが、クラス委員としてのお仕事でお手伝いが欲しいということなのだろう。
「それは別に構わないが……何で俺なんだ?」
副委員ということなら、他に適任がいくらでもいる。
わざわざ俺に声をかけて来る『良い意味での理由』がまるで思いつかなかった。
「説明の前に、少し話にお付き合いをお願い出来ますか?」
俺が頷くと、メイドは黒板にチョークを走らせた。
この学園の学科は三つ。
【実戦科】
【刀匠科】
【奉納科】
その三つは目指す先が全然異なるのだが、基本的に同じクラスで学ぶこととなる。
特に基礎が重要な一年の内は、共有授業が多く、皆三教科全部学ばなければならない。
俺みたいな劣等生は当然だが、優等生さえもそれは苦戦する。
三学科すべて対応出来るなんてのは、それこそ万能の天才でもない限り不可能だろう。
だからメイドは、円滑な学園生活を過ごすため、クラス内で得意な人に相談出来る、そんな環境を作ろうとしていた。
「それで、実戦科である伊織様へ助力をお願いしようと、こうしてお話をさせて頂いております」
「繰り返すけど、何で俺なんだ? 普通の劣等生だぞ?」
実戦科ではあるものの、きっと俺の実力はこのクラスで下位に相当する。
少なくとも、ぴよこ共々入学ギリギリの成績であったのは間違いない。
教えるどころか、教わる側だ。
だからこそ俺に話が来た理由がわからなかったのだが……。
「指導に関しては、私にお任せ下されば大丈夫かと思います。多少ですが、腕に覚えがありますので」
「ってことは、メイドは実戦科か」
「はい。ですが、私は女の身。男性でしか分かり合えないことや、女の私には話し辛いことなどあると思いまして……」
どう表現すべきかと困り顔のメイド。
それで俺は、何となく程度の事情は察せた。
つまるところ、性別的な問題をメイドは気にしていると。
「つまり、野郎共への声かけとか、そういう部分だな。困ってるのは」
「はい。実戦科男子への連絡役、中継役をお願い出来ればと」
「ふむ……。まあ、受けるのは構わないんだけどさ……一ついいか?」
「構いません。どうぞ」
「俺である理由なんだ? 他にいい奴がいるだろ?」
「恥ずかしながら、私はまだクラスメイトであるご主人様がたを把握出来ておりません」
「むしろ把握出来てたら怖いわ。一時間も一緒にいねーよ、俺達」
「ただ、私の把握した限りでは、実戦科男子相談役には伊織様が一番の適任かと」
少し、俺は無言で考える。
何をどう評価してくれたかわからない。
だが、そう言われて悪い気持ちはしなかった。
誰かに頼りにされるというのは、俺にとって目標みたいなものでもあったわけだし。
「わかった。ただし、もっと他に適任が居れば、そいつに代わる。その条件でなら受けさせて貰うよ」
「十分です。是非、よろしくお願いします。その……」
メイドは耳元に近づき、囁いた。
「あの子も実戦科ですので、気にかけて頂ければと……」
そう言って彼女が見ているのは、明らかに小学生くらいの小さな男の子だった。
既に数グループがクラスに誕生しているが、彼は誰にも混じれておらず、一人で読書をしていた。
「――了解。クラス委員として苦労を掛けるんだ。このくらいは手伝おう」
「助かります。相談する内容など決まれば、また連絡をしますので、しばらくお待ち下さい」
メイドは微笑みながら、深々と、仰々しく、頭を下げる。
そして、せかせかと歩き去っていった。
「へぇ……メイドちゃん。良い女になりそうね」
突然、隣から変な声が聞こえた。
俺はその声の方に、嫌々顔を向ける。
いつの間にか隣の席に座っていた南雲は、俺に微笑を向けていた。
「おはよう伊織ちゃん。良い朝ね」
「おはよう南雲」
「そこはなっちゃんじゃない? つれないわねぇ」
「……はぁ。それで、何の話だ?」
「何って?」
「さっきの変な言葉だよ」
「ああ。伊織ちゃんはさ、良い女の条件って知ってる?」
「俺が知ってるように見えるか?」
「ふふ、男の子には、ちゅっと意地悪な質問だったかしら」
まるで自分ならわかるというような態度を取る南雲に、イラっとするのを伊織は耐えた。
「んで、その条件って何だ?」
「――嘘吐きなことよ」
「嘘吐きって……いや、あいつは……」
「嘘なんかつかないって言いたいの?」
「確かに短い付き合いだけど……疑うのは……」
怪しいし変だとは思う。
そもそもメイドって何だ。
そういう概念なのか、それとも役職なのか。
もうメイドメイドと毎度口にして、そろそろゲシュタルト崩壊しそうな気さえしてくる。
それでも、彼女が良い奴であると俺は信じたかった。
「おこちゃまね、伊織ちゃん。良い? 覚えておきなさい。良い女ってのはね、誰かのために嘘を付く生物なのよ」
囁くように、だけど確信を持って。
南雲は微笑みながらそう伝え、ウィンクを見せる。
「あの子を信じるのは正しいわ。少なくとも、伊織ちゃんにとってはね」
「おい。それって……」
俺が何かを尋ねる前に、チャイムの音が鳴る。
南雲はこれ以上話すつもりはないとばかりに前を向く。
俺は頬を掻き、しょうがなく机に着いた。
ありがとうございました。




