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天憧ヤオヨロズ-神宿りの刃と鳥の歌-  作者: あらまき


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10/15

単純な理由


 目が覚めた時、俺は見知らぬベッドの上だった。

 消毒液の香りが、やけに鼻に付いた。


 頭を動かし、隣に目を向ける。

 ソファに座り、こちらを見ていたぴよこと目が合った。

「いーくん……」

 悲しそうな、申し訳なさそうな、そんならしくない顔だった。

 たぶん、今の俺も同じだ。

「……わりぃ、負けちまった。大丈夫だったか?」

「うん。それはもう良い。どうでも良いよ。それより……ごめんね」

「何がだ?」

「私が無理を言って、無理させて……それで……」

「別にぴよこのせいじゃねーよ。それよりあいつはあの後……」

 そう言って起き上がろうとして――。

「安静にして! 動いちゃ駄目!」

「んな大げさな……」

「大げさじゃないよ!」

 そう叫ぶぴよこの顔は、真剣そのもので、とても断れる雰囲気じゃなかった。


 素直に従い、ベッドに倒れながら、天井を見上げる。

 何か、心がぽっかりと空いたような気分だった。


 勝てるなんて夢は見てなかったつもりだ。

 あまりにも実力が違い過ぎる。

 けれど、やはり心のどこかで奇跡を信じていたのだろうか。

 負けたという実感があまりなくて、気持ちがふわふわしていた。


「いーくんはさ」

「ん?」

「どうして、アラハバキに入ろうと思ったの? 昔目指した気持ちが蘇ったわけじゃないんでしょ?」

「ああ。むしろ、俺が昔目指してたなんて今初めて聞いた気がするよ」

「じゃあ、どうして……」

「……ぴよこの方は?」

「いっくんが行きたいって言うから」

「そうか。いや、そうだったな……」

 俺が目指したから、ぴよこも付いて来た。

 去年の今頃から、必死に二人で勉学修行と頑張って来た。

 そんなの、俺が一番知っていることじゃないか。


 なんでそんな当たり前のことを俺は聞いたんだ。

 頭が上手く働かず、考えがまとまらない。

 ただ、申し訳ないという気持ちが強く残っていた。


「ん、タクシー来たみたい。肩貸すよ」

「大げさな」

「だから大げさじゃないよ」

「恥ずかしいんだけど?」

「我慢して」

 俺は溜息を吐き、言われるままにする。


 体が密着し、ふわりと良い香りがする。

 ぴよこ相手に、そんなことを感じた自分が死ぬ程憎たらしくて。

 少し、殺したくなった。




 大げさなことに、俺はそのまま病院に運ばれ、精密検査を受けた。

 そして検査の結果、大したことなかったのに一週間の運動禁止を言い渡されてしまった。


『君は自分の運と実力に感謝すると良い』

 医者は神妙な面持ちで、俺にそんなことを伝えた。

 負傷が軽いのは、反射で受け身を取っていたから。

 もしも直撃していれば、高確率で内臓が破裂していたそうだ。


 そのままタクシーで家まで帰され、部屋に戻ると、今度はぴよこのお世話攻撃が始まった。

 炊事や洗濯は非常に助かった。

 けれど風呂への侵入だけは、断固拒否した。

 せめて水着を着て来い。


 そうして気づけば夜となり、俺はベッドで横になる。

 安静にして、早く寝ろと言われていたが、どうにも寝付けそうになかった。


「明日からも色々あるのになぁ……」

 そんな風に思っていると、窓から違和感が。


 またか……とは思いつつ、背を向け目を閉じる。

 今日は、鍵を開けたままにしているから問題なかった。


 ガラガラと窓が開かれ、何かの気配が部屋に入って来る。

 しばらくすると、背中に温かさと圧迫感が宿った。


「……狭い」

 そんな俺の心からの悩みを、酷いことに侵入者は無視を決め込んだ。

 背中をさする手を感じる。

 シャツの内側に包帯が巻かれていることに気付いたその手は一瞬震え、そのまま止まった。


 しばらくして……。


「……なあ、ぴよこ」

「……なに?」

「馬鹿騒ぎで聞き忘れてたけどさ、どうして『刀匠科』にしたんだ?」

 刀匠科というのはその名の通り、刀鍛冶を目指す学科である。

 目標は当然カムイだが、アマツやそれ以外の刀工を打つこともあるだろう。


 けれど、こいつは刀を打ったこともなければ、機械工学に詳しいわけでもない。

 アラハバキへの入学でそれを目指したというのは、とんでもないハンデだ。

 それこそ、実戦科の方がまだ受かる可能性が高いくらいに。


 だというのに……。


「いーくんに、刀を打ってあげたかったから」

「――は?」

「逆に聞いて良い?」

「なんだ?」

「アラハバキを辞めてって私が言ったら、止めてくれる?」

「……ああ。良いぞ」

「じゃあ、もう二度と戦わないでって言ったら、聞いてくれる?」

「それは…………」

「二人で……ううん。二人じゃなくても良いよ。誰か奥さん見つけて、いーくんが幸せになって、平穏に暮らせるなら、それで。友達として、ずっと一緒にいられたら。でも……」


 二度と刀を持たず、戦いにも出ず、影と戦うこともなく、平穏に暮らす。

 ああ……それはきっと幸せな未来だろう。


 だがその最高の未来は、他の誰でもなく、俺自身が許せそうになかった。


 俺は、俺であるという実感がない。

 記憶を失ってから、俺は自分のことを水無川伊織ではなく、その意思を食らって生まれた化け物だと思っている。


 だから……俺は実感が欲しかった。

 こんな俺にも、誰かの為になれるという、その実感が――。


「ね? 無理でしょ? だからさ、いーくんのために刀を打ってあげるの。何時の日か、いーくんがピンチになった時、助けてくれるような、そんな刀を」

「お前……そんなことのために……」

 こいつには未来があった。

 多少能力は低くとも、亜人というだけで幾らでも幸せになる手段があった。


 集団生活において好奇と稀有に晒され続け、ようやく幸せになれるチャンスが来たというのに、そんな阿呆なことを選択して……。


「えへへ。でも、それが本当に私のやりたいことだから。本当はずっと隣で戦いたいけどさ、……たぶん、私にはそれが出来ない。だから私は……」

 周りは、俺がこいつの保護者だと思っている。


 だけど違う。

 そうじゃない。


 記憶を失ってからずっと支えられ、今日まで生きてこられた。

 そしてこいつはこれからも、俺の弱い部分を知り、支えようとしている。


 俺は、こいつに対しどうすれば恩を返せるだろうか。

 こいつのために死ぬ以外に、何をしてやれるのだろうか。


 だから……ああ……だからこそ、俺はあの時、負けたら駄目だったんだ。

 相手がどんな思惑があったとしても、こいつを狙ったと言葉にした時点で、俺に敗北は許されないはずだったんだ。


 相手がどれだけ強くても、どれほど大怪我を負っても。


 人生において、絶対に負けたらいけない瞬間というのはそう多くない。

 そして俺は……その一度を、逃した。

 それに気づくのが、俺にはあまりにも遅すぎた。


「泣いても良いんだよ。……もう」

 背中の圧が強くなる。

 まるで、母親が子を愛するように。


 体が震える。

「……っ。うぁっ……」

 嗚咽が、零れる。

 涙が、視界を塞いでいく。


 頭が働かない。

 今日はずっと、何故かぼーっとする。

 そりゃあそうだ。

 自分の感情が、わからなくなっていたんだから。


 単純なことだった。

 俺が記憶喪失とか、こいつとの関係とか、そういう複雑なことじゃない。


 俺はただ、負けたことが悔しかった。

 こいつの前で、負けたことが……。


「ああ……あ。うぁっ……ああ……」

 必死に、必死に声を押し殺す。

 精一杯の見栄として。

 それでも零れていく俺の悔しさをわかっているかのように、アセリアは俺を抱きしめてくれた。


「私も、手伝うよ。いーくんが強くなるように……。だから、一緒に頑張ろう。また、明日から」

 背中に、アセリアの頭を感じる。

 俺に全てを委ね、預け、信頼するように。


 俺が彼女に返事が出来たのは、それから五分以上経ってから。


「……ありがとう。アセリア」

 それを彼女が聞いてくれたかどうかはわからない。

 ただ、背中に安らかな彼女の寝息だけが感じられた。




ありがとうございました。

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