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第3話 サキュバス殺し




俺は深く息を吐いた。


体の奥底から、熱い何かが湧き上がってくる。気力が満ちていく。龍のような精気、虎のような気迫——原本孱弱だった肉体が、少しずつ回復していくのを感じる。


「……病気は、まだ治ってないな。でも、前より長く持ちそうだ」


俺は自分の状態を細かく確認した。


ギフト《邪道の鬼才》がもたらした身体の回復に加えて——


配布された『魅惑術・基礎編』の内容が、驚くほど頭に入ってくる。


理論だけではない。1周目の「実戦経験」——セラフィナに精気を吸われたあの感覚が、スキルへの理解を深めてくれる。


しかも、ギフトの加速効果まで加わって——


【ギフト《邪道の鬼才》発動中】

【スキル理解速度+500%(邪道系)】


通常なら数週間かかる内容が、数時間で理解できる。


「……これなら、いける」



その後、全ての展開は変わらなかった。


天然の美貌のおかげで、俺はやはりサキュバス課に配属された。


だが——今回は違う。


建物の入口でセラフィナが新人たちを出迎えた時、俺は集団の後方に紛れ込んでいた。


視線を下げて、目立たないように。


結果——セラフィナの目には留まらなかった。


「じゃあ、今日はこの子たちね」


セラフィナは顔の良い見習い兵を次々と指名していった。


整った顔立ちの者。華やかな雰囲気を持つ者。


そういった「上物」は、上級サキュバスたちの修行相手として選ばれていく。


俺は——選ばれなかった。



「——残りの者は、相互訓練だ」


翌日、サキュバス課の訓練担当——中年の下級サキュバスが、俺たち「選ばれなかった」見習い兵を集めた。


見渡せば——容貌が平凡な者ばかりだ。


男ばかりで、女性見習い兵はほとんどいない。顔の良い女性は全て、上級サキュバスに選ばれてしまったからだ。


「相互訓練とは、見習い同士で《精気吸収》を練習することだ」


訓練担当は淡々と説明した。


「互いに精気を吸収し合い、スキルの感覚を掴め。ただし——」


彼女は冷たい目で俺たちを見回した。


「相手を殺した者は、魔獣課送りだ。加減を学べ」


そう言って、彼女は俺たちを訓練棟の個室に案内した。


「では——女性見習いが少ないから、順番に組み替えていく。最初のペアはこれだ」


訓練担当が名簿を読み上げた。


「黒崎遊真——お前の相手は、アンネリーゼだ」



個室に入ると、一人の女性が待っていた。


金色の髪。青い瞳。顔立ちは——確かに整っている。


いや、よく見れば——かなりの美人だ。


なぜこの女性が「選ばれなかった」のか、不思議なくらいに。


「よろしく……私はアンネリーゼ。アンネでいいわ」


「黒崎だ」


「クロサキ……変わった名前ね」


アンネは俺の隣に座った。


そして——俺の耳元に、ゆっくりと顔を近づけてきた。


「ねえ、クロサキ——」


甘い吐息が耳にかかる。


「——実は私ね、貴族の出なの」


「…………」


「魔界の辺境伯の娘。でも、政争に巻き込まれて——こんなところに送られちゃったの」


アンネは悲しげに微笑んだ。


「もし私を助けてくれたら——きっと父が、あなたに報酬を——」


俺は——無視した。


「じゃあ、始めるか」


「え——」


アンネの言葉を遮って、俺は彼女の手を掴んだ。


「ちょ、ちょっと待って——」


「《精気吸収》だろ? 時間の無駄だ」


俺は魔力を操作した。


《精気感知》——発動。


アンネの精気が、視える。


そこそこ強い。平凡な見習い兵よりは遥かに上だ。


「や、やめ——」


俺は構わず、《精気吸収》を発動した。


自分の魔力を、相手の精気に共鳴させる。


『魅惑術・基礎編』に書かれた通りに——


魔力で「回路」を作る。


相手の精気を引き寄せる。


そして——吸収する。


「っ……!?」


アンネの精気が、俺の体に流れ込んでくる。


温かい。力強い。


「な、何……これ……」


アンネの顔色が変わる。


「あなた……本当に、初心者……?」


「ああ」


俺は嘘をついた。


「でも、本は読んだ」


「そんな……本を読んだだけで……」


アンネは信じられないという顔で俺を見た。


「もう一度、いいか?」


「え——ちょっと——」


俺は再び《精気吸収》を発動した。


ギフト《邪道の鬼才》の効果で、理解が深まる。


吸収の効率が上がる。


「や……やめ……」


アンネの声が弱々しくなる。


だが——俺は止まらなかった。


もっと。


もっと吸収して——


スキルを完全に習得する。


「は、はあ……はあ……」


数分後——


アンネは床に崩れ落ちた。


顔は真っ青。体から完全に力が抜けている。


「……っ……も、もう……無理……」


彼女は虚脱した表情で、天井を見上げていた。


「……悪い」


俺はアンネを部屋の隅に寝かせた。



「——次、リサ」


訓練担当が次の女性見習い兵を呼んだ。


地味な容貌の女性。名前はリサ。


「よろしく……お願いします」


「ああ」


俺は頷いた。


そして——《精気吸収》を発動。


「きゃっ……!」


リサの体がビクンと震えた。


「す、すごい……」


数分後——


「もう……だめ……」


リサも、床に崩れ落ちた。


完全に虚脱している。



「——次、エリカ」


三人目。


痩せた女性見習い兵。


「お、お願いします……」


数分後——


「あ……ああ……」


虚脱。



「——次、マリア」


四人目。


「よろしく……」


数分後——


「……もう……動けない……」


虚脱。



「——次、ソフィア」


五人目。


「……」


数分後——


「…………」


完全に意識が朦朧としている。


虚脱。



「ちょっと待ちなさい」


訓練担当のサキュバスが、訓練室に入ってきた。


彼女は床に倒れている女性見習い兵たちを見て——


「……何これ」


唖然とした。


「全員、完全に精気を吸い尽くされてる……」


訓練担当は俺を睨んだ。


「黒崎遊真——お前、やりすぎよ!」


「すみません」


「加減を学べって言ったでしょ! このままじゃ、相手が死ぬわよ!」


「……以後、気をつけます」


「気をつけるじゃないの!」


訓練担当は深いため息をついた。


「……あなた、才能ありすぎるわ。初心者の域を完全に超えてる」


彼女は俺をじっと見た。


「報告する。あなたは——上級訓練に移行よ」


「上級訓練……?」


「セラフィナ様直々の指導。今すぐ、彼女の部屋に行きなさい」


——来た。


結局、目立ってしまった。


だが——


俺には、もう《精気吸収》が身についている。


5人の女性見習い兵から吸収した経験で——完全に習得した。


「分かりました」


俺は頷いた。


今度こそ——


セラフィナを、出し抜いてやる。



その日の夜。


俺はセラフィナの部屋に呼び出された。


1周目と同じ——紅い絨毯、薄暗い照明、中央の大きなベッド。


「あら……」


セラフィナは俺を見て、目を見開いた。


「あなた——入隊式の時にいた子ね」


「はい」


「隠れてたでしょ? 私の目を誤魔化そうとして」


「…………」


「ふふ、賢いわね。でも——才能は隠せないものよ」


セラフィナは妖艶に微笑んだ。


「たった1日で、5人もの見習いを虚脱させるなんて——」


彼女は俺の顎に指を這わせた。


「——あなた、ギフト持ちね?」


「…………」


「答えなくてもいいわ。どうせ、すぐに分かるもの」


セラフィナは俺をベッドに押し倒した。


「さあ——本物の《精気吸収》、教えてあげる」


彼女の唇が、俺の唇に重なった。


「んっ……♡」


次の瞬間——


体の奥底から、精気が吸い出される感覚。


1周目と同じ。


圧倒的な力の差。


だが——


俺は——もう、ただ吸われるだけの存在じゃない。


セラフィナの魔力の流れが——視える。


彼女が作る「回路」が——理解できる。


「っ……! あなた……」


セラフィナの顔色が変わる。


「な、何者……」


「ただの見習い兵だ」


俺は冷たく答えた。


そして——


俺は、自分の体内に残る「病気」の気配を——


精気に紛れ込ませて、セラフィナに流し込んだ。


「っ……!?」


セラフィナの体が、激しく震えた。


「な、何……これ……」


彼女の顔が、見る見るうちに青くなっていく。


「ゲホッ……ゲホッ……!」


黒い血が、床に吐き出された。


「あなた……病気……」


「ああ」


俺は頷いた。


「すまんな、先輩」


俺はセラフィナの精気を吸い続けた。


彼女の生命力が、どんどん俺に流れ込んでくる。


そして——病気が彼女の体内に広がっていく。


「や……やめ……」


セラフィナの手が、俺の腕を掴もうとする。


だが——もう力が入らない。


数分後——


セラフィナは床に崩れ落ちた。


呼吸が止まっている。


死んだ。



次の瞬間——


俺の体の奥底で、何かが轟然と弾けた。


セラフィナの精気が、俺の体に完全に融合していく。


膨大な生命力。


圧倒的な魔力。


「っ……!」


体が熱い。


魔力が——溢れ出す。


ピロリロリン♪


【レベルアップ!】

【LV 1 → LV 5】


【HP: 45/100 → 180/180】

【MP: 12/30 → 85/85】


【《精気吸収 LV1》→《精気吸収 LV2》に進化!】


【称号《サキュバス殺し》を獲得!】


「……これは」


俺は自分の体を確認した。


病弱だった体が、嘘のように回復している。


魔力の容量が——7倍近くまで膨れ上がった。


「すごい……」


Dランクのサキュバスを喰らった対価。


これが——俺の力だ。


「愉快だな……セラフィナ先輩」


俺は立ち上がった。


床に倒れたセラフィナを見下ろす。


もう動かない。


完全に——死んでいる。


「俺は一生、あなたを忘れないだろう」


そして——


俺は、部屋を出た。


(第3章 完)

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