第2話 邪道の才能
「——修行よ♡」
セラフィナの甘い声が耳元で響いた瞬間——
彼女の細い指が、俺の腰に伸びてきた。
そして、さらに下へ。
「え、ちょ、先輩? そこは——」
「サキュバスの修行って、何だと思う?」
セラフィナは妖艶に微笑んだ。
「私たちは『精気』を吸収して強くなる種族よ。そして精気が最も濃く宿る場所は——」
彼女の指が、俺のベルトに触れた。
「——ここ♡」
待て。
待ってくれ。
これ、そういう展開か?
俺の頭の中で、元の持ち主の記憶がフラッシュバックする。
サキュバス課——その実態は、魔王軍の中でも特殊な部隊だ。
彼女たちは戦場で剣を振るうのではなく、『精気吸収』によってレベルを上げる。
つまり——男を誘惑し、その生命力を糧に成長する。
魔王軍の記録によれば、優秀なサキュバスは一晩で十数人の精気を吸い尽くし、一気にランクアップすることもあるという。
逆に言えば——
見習い兵として送り込まれた者たちは、彼女たちの『餌』でしかない。
黒崎遊真——この体の元の持ち主は、魔界の歓楽街に入り浸っていた。
毎晩のようにサキュバスの店に通い、精気と金を使い果たし——
挙句の果てに、妙な病気をもらっていた。
つまり、この体は——
「あの、先輩、ちょっと待って——」
「大丈夫、優しくするから♡」
聞いてない。全然聞いてない。
俺の言葉は、セラフィナの唇に塞がれた。
甘い香りが鼻をくすぐる。柔らかい感触。体温が伝わってくる。
そして——
体の奥底から、何かが吸い出される感覚。
「んっ……♡」
セラフィナが満足げに喉を鳴らした。
俺の精気が、彼女の唇を通じて流れ込んでいく。
抵抗しようとしても、体が動かない。
まるで蜘蛛の巣に絡め取られた虫のように、ただ吸い尽くされるのを待つしかなかった。
◇
——30分後。
「…………」
俺は天井を見上げていた。
体から全ての力が抜けている。
いや、力だけじゃない。精気も。生命力も。何もかもが——
吸い尽くされた。
「あら、もう終わり?」
セラフィナが俺を見下ろしていた。
彼女の肌は艶やかに輝き、瞳には満足げな光が宿っている。髪はより艶やかになり、角はわずかに大きくなったような気がする。
対して俺は——
干からびたミイラのようだった。
「本当に使えないわね」
セラフィナは舌打ちした。
「顔だけは良かったのに、精気がこれっぽっちしかないなんて。普通の見習い兵なら、これの三倍は吸えるのに」
彼女は不満そうに髪をかき上げた。
「しかも——」
彼女は眉をひそめた。
「——なにこれ、変な感じがする。あなたの体、何か病気持ってない?」
「あ……」
やばい。
言い忘れてた。
「その……この体の元の持ち主が、歓楽街で遊びすぎて……」
「は?」
「妙な病気を……」
「ちょっと待ちなさい」
セラフィナの目が据わった。
「私、今あなたの精気を全部吸ったんだけど」
「はい……」
「その病気、精気と一緒に感染するタイプ?」
「……たぶん」
沈黙。
セラフィナの顔が、ゆっくりと青くなっていく。
体の奥底から、何かがこみ上げてきたのだろう。彼女は喉を押さえて、苦しそうに咳き込んだ。
「ゲホッ……ゲホッ……!」
吐き出されたのは——黒い血だった。
床に、ドロドロとした液体が広がっていく。
「あ、あなた……」
彼女の声が震えていた。
紅い瞳が、憎悪に染まっていく。
「どうして……先に……言わないのよ……!!」
「いや、先輩がいきなり——」
「私もう全部吸っちゃったじゃない!!」
セラフィナの手が、俺の首に伸びた。
だが、その手は——もはや美しい女性のものではなかった。
爪が鋭く伸び、皮膚が黒ずんでいる。精気の腐敗が、すでに彼女の体を蝕み始めていた。
「絶対に……絶対に許さないから……!!」
彼女の手が、俺の首を掴んだ。
ギリギリと締め上げられる。息ができない。
「せめて……あなたも……道連れに……!!」
セラフィナの口が大きく開いた。
牙が伸びている。もはや人間の形を保っていない。
「《精気吸収・暴食》!!」
次の瞬間——
彼女の口から、黒い霧が吹き出した。
それは俺の全身を包み込み、残っていたわずかな生命力すらも吸い尽くしていく。
視界が暗くなる。
体が冷たくなる。
意識が——遠のいていく。
最期に見えたのは、セラフィナの絶望に歪んだ顔だった。
彼女もまた、数日後には死ぬのだろう。
俺の病気を吸い込んだ代償として——
ゴキッ。
◇
【あなたは死亡しました】
【激昂したセラフィナに殺されました】
【固有スキル《リトライ》が発動します】
【現在の『リトライ』残り回数:99/100】
【初期地点『新兵選別所』へ帰還します】
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【——継承選択——】
死に戻り時、以下から一つを選択できます
※記憶は常に保持されます
① 前世の「スキル」を全て継承
② 前世の「ステータス」を一部継承
③ 前世の「アイテム」を全て継承
④ 全てを放棄 → ランダムギフト獲得
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【選択時間: 60秒】
◇
真っ暗な空間の中で、俺は浮遊していた。
体はない。ただ意識だけが存在している。
「……これが、死か」
不思議と恐怖はなかった。
むしろ——冷静に、自分の状況を分析できている。
「1周目で手に入れたものは……何もない」
スキルも、ステータスも、アイテムも。
選べるのは四番目だけ。
「ランダムギフト……か」
俺は迷わず選択した。
次の瞬間——
【選択を確認しました】
【前世の経験を集計中……】
ピコン、ピコン、ピコン。
システムウィンドウが次々と開いていく。
【——判定開始——】
【討伐対象: サキュバス・セラフィナ(ランクD)】
【討伐者: 黒崎遊真(ランクF−)】
【戦力差: 測定不能】
【しかし——】
【セラフィナはあなたの精気を吸収した後、謎の病に感染しました】
【数日間苦しんだ末、彼女は精気が腐敗し、死亡しました】
ピロリロリン♪
【特殊討伐を達成しました!】
【弱者が強者を打ち倒した!】
【己の病んだ体を囮にした禁断の策略!】
【弱肉強食の掟を覆す快挙!】
ピロリロリロリーン♪♪
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NEW GIFT ACQUIRED
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【天賦覚醒!】
【天賦名:《邪道の鬼才》】
【魔道・邪法において類稀なる才能。同ランクの者が千回の修練で到達する境地を、あなたは百回で超え、邪道においてはさらに二十回で極める。】
【効果】
・全スキル熟練度獲得速度+300%
・邪道系スキル熟練度獲得速度+500%
・熟練度減少効果を無効化
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★称号《サキュバス殺し》を獲得!
★病気が軽減されました(HP+37)
【これぞ——下克上の始まり】
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◇
「名前を呼ばれた者は前に出ろ」
目を開けると、俺は新兵選別所に戻っていた。
黒ローブの悪魔が名簿を手に、淡々と点呼を続けている。
さっきまでの出来事が嘘のようだ。
セラフィナの怒り狂った顔。首を絞められる感覚。黒い霧に包まれる恐怖。そして——その前の、甘い時間。
全てが脳裏に焼き付いているのに、今は何もかもが巻き戻っている。
「……マジで戻った」
これが『リトライ』の力か。
死んでも、最初からやり直せる。
俺は深く息を吐いた。
体に気力がみなぎってくる。病弱だった肉体が、少しずつ回復していくのを感じる。
「……病気が、少し軽くなってる」
俺は自分の状態を確認した。
あの致命的だった病気は、まだ完治していないが——確実に症状が軽減している。
それに加えて——
「これが、《邪道の鬼才》……」
俺の目の前に、更新されたステータス画面が浮かんでいた。
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STATUS
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名前: 黒崎遊真
種族: 人間(転生者)
ランク: F−(見習い兵)
HP: 45/100【回復中】
MP: 12/30
SP: 50/80
【基本能力】
筋力: E
耐久: E
敏捷: D
魔力: E
魔耐: E−
幸運: E−
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【天賦】
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《邪道の鬼才》(Rare)
├─効果①: 全スキル熟練度獲得速度+300%
├─効果②: 邪道系スキル熟練度獲得速度+500%
└─効果③: 熟練度減少効果を無効化
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【スキル】
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なし
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【耐性】
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【耐性】
・毒耐性 LV3
【弱点】
・斬撃ダメージ+50%
・打撃ダメージ+30%
・病弱デバフ【軽減中】
HP自然回復-30%(元-50%)
スタミナ消費+20%(元+30%)
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【称号】
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《サキュバス殺し》
効果: サキュバス系に対してダメージ+20%
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【固有スキル】
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《リトライ》(???)
残り回数: 99/100
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