表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/6

序章 クソゲーの果てに

深夜2時。


六畳一間のワンルームに、モニターの青白い光だけが灯っていた。


黒崎遊真——30歳、社畜。平日は朝8時から終電まで会社に魂を吸われ、休日は死んだように寝るか、ゲームをするかの二択。彼女いない歴イコール年齢。唯一の趣味がゲームという、テンプレのように冴えない人生を送っていた。


そんな俺の目の前で、画面がフェードアウトしていく。


『長らくのご愛顧、誠にありがとうございました。本日をもちまして、「ソードクロニクル・オンライン」はサービスを終了いたします。——またどこかで、お会いしましょう。』


キャラクターたちが手を振っている。五年間苦楽を共にした仲間たちが、一人、また一人と光の粒になって消えていく。


「…………」


俺は缶ビールを一口あおって、無言でモニターを見つめていた。


悲しいか? と聞かれれば——正直、微妙だ。


このゲーム、最初は面白かった。レベル上げに一ヶ月、転職クエストに半年。ボスレイドは50人がかりで3時間ぶっ通し。死んだら経験値20%ロストで装備もぶっ飛ぶ。キーボードを叩きすぎて壊れるから、予備を常備していた時代だ。


——あの頃は、確かに熱かった。


しかし運営はアップデートのたびにゲームを「改善」した。レベル上げは10倍速に。転職は課金で即解放。ボスのHPは10分の1に。死亡ペナルティは撤廃。


「改善」じゃねえよ。骨抜きだよ。


気づけばフレンドリストは全員オフライン。ギルドチャットは半年前から沈黙したまま。そしてついにサービス終了——当然の結末だった。


俺はため息をついて、椅子の背もたれに体を預けた。


明日も朝から仕事だ。課長の小言を聞いて、意味のない会議に出て、終電で帰って、コンビニ弁当を食って寝る。そしてまた朝が来る。その繰り返し。


ゲームだけが、この灰色のループから俺を救ってくれていた。


なのに、その最後の砦まで崩れた。


「……次のゲーム、探すか」


習慣のように検索エンジンを開く。もはや条件反射だ。社畜が退勤後にゲームを探す。呼吸と同じ。


キーワードは「ゲーム 高難易度 やりごたえ」。


検索結果の一番上に、見覚えのあるゲーム会社の広告が表示された。


「ソードクロニクル」を運営していた会社の、新作ゲームらしい。


俺は無意識にクリックした。


そして——絶望した。


●放置で自動レベルアップ!ログインするだけで最強装備ゲット!

●AIが自動で戦闘!あなたは見てるだけでOK!

●毎日無料10連ガチャ!全員に★5確定!

●「努力」も「工夫」も不要!誰でも最強になれる究極カジュアルRPG!


「…………」


俺は5秒ほど画面を凝視した。


それから、静かにタブを閉じた。


「それもうゲームじゃなくてスクリーンセーバーだろ」


いや、わかっている。時代が変わったのだ。今のゲーム市場が求めているのは「挑戦」ではなく「消費」。苦労して手に入れた一振りの剣に震える感動より、ガチャで出た★5武器をSNSに晒す快感の方が、金になる。


わかっている。わかっているが——納得はしてねえ。


俺はさらにスクロールした。


似たようなゲームの広告が、次から次へと流れてくる。


『寝てる間にレベルMAX!』

『ワンタップで全クリ!』

『難しいゲームはもう古い!ストレスフリーの異世界ライフ!』


地獄か? ここは広告のディストピアか?


苛立ちを抑えながらスクロールを続けていると——ふと、一つのサイトが目に留まった。


ゲーム名もない。開発会社の情報もない。黒い背景に白い文字だけの、異様にシンプルなウェブページ。


書かれていたのは、たった一行——


『本物の冒険を、お探しですか?』


「……怪しすぎるだろ」


普通ならスルーする。いや、普通の精神状態なら絶対にスルーする。


だが、深夜2時の社畜は普通じゃない。クソゲーの残骸を延々と見せられた上に、明日の出勤が脳の片隅にちらついている。正常な判断力なんてとっくに蒸発していた。


俺はクリックした。


ページが切り替わる。少しだけ文字が増えていた。


『あなたは"本物"を求めている。

 退屈なゲームに飽き、

 骨抜きにされた冒険に失望し、

 それでもなお——

 "あの感覚"を追い求めている。


 ならば、お応えしましょう。』


「はいはい、没入型RPGの演出ね。最近こういうの多いんだよな——」


独り言を呟きながらスクロールすると、選択画面が現れた。


『難易度を選択してください。』


●簡単モード

 スキル成長速度10倍。ガチャで特殊スキル3つまで取得可能。

 初心者・面倒くさがりの方に。


●普通モード

 標準的な成長速度。ガチャでEX必殺技を1つ取得可能。

 迷ったらこれ。


●上級モード

 成長速度10分の1。ただし到達できる高みが違う。

 ガチャで通常スキル1つ取得可能。腕に覚えのある方に。


●地獄モード

 成長速度100分の1。成長上限なし。ガチャなし。初期スキルのみ。

 やり直し不可。絶望は必ず訪れます。

 その絶望を超えた先に、ある真理が待っています。

 ——開発チームがノリで作りました。


「ノリで作ったとか正直に言うなよ……」


思わずツッコんだが、目は「地獄モード」の説明文に釘付けだった。


成長速度100分の1。成長上限なし。


——これだ。


ワンタップで全クリできるゲームには絶対にない、時間と苦痛の先にしか存在しない頂。効率を捨てて、泥を這って、それでも一歩ずつ登っていく——あの感覚。


俺が10年探し続けたものが、ここにある気がした。


迷いは、なかった。


——地獄モードを選択。


ポップアップが表示された。


『最終確認:

 難易度:地獄モード


 ※この選択は取り消せません。

 ※開発チームは一切の責任を負いません。

 ※本気ですか?


   [冒険を始める]  [やめておく]』


「しつこいな。地獄モード選ぶような人間に確認しても無駄だぞ」


俺は [冒険を始める] をクリックした。


——瞬間。


モニターが眩い光を放った。


白い光が六畳の部屋を飲み込む。飲みかけの缶ビールが倒れた気がしたが、もうどうでもよかった。椅子から体が浮き上がるような感覚。重力が消える。意識が溶ける。


最後に見えたのは、モニターに浮かぶ一行の文字——


『ようこそ、"本物"の世界へ。——ご武運を。』


「は——? ちょっと待っ——」


声を出す間もなく、意識は闇に沈んだ。


六畳一間のワンルームには、倒れた缶ビールだけが残された。


◇ ◇ ◇


——そして俺は、目を開けた。


薄暗い紫色の光。黒い大理石の床。かすかな血の匂い。


壁には『新兵選別所』と書かれた錆びた看板。


頬をつねる。痛い。めちゃくちゃ痛い。


心臓が鼓動している。冷たい空気が肺を満たしている。


これは——ゲームじゃない。


俺は自分の手を見た。細い。白い。筋肉のかけらもない。30歳社畜の運動不足な体より、さらに貧弱だ。


頭の中に、この体の元の持ち主の記憶が、断片的に流れ込んでくる。


魔界。魔王軍。見習い兵の徴収。帰ってこない者たち——。


「…………マジかよ」


地獄モードを選んだのは俺だ。文句は言えない。


だが、まさか本当に地獄だったとは聞いてない。


(序章 完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ