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第五話 英雄を育てる誉れ

 1. 創作名言の話から


 ネルソン級二番艦「ネルソン」の一室。

 ロックス砦からの撤退戦から、数か月が経っていた。


 窓の外には、平穏な軍港。

 甲板の喧噪は遠く、ここには小さな机と、簡素な盤上演習用の盤と駒だけがある。


 ワトホートは、背もたれにふんぞり返った格好のまま、指先でネルソン名言チョコの空き缶を、コツコツと叩いていた。


「参謀長」


「はっ」


「卿は、あれだろう。ネルソン提督の言葉も、史実か創作か、すべて把握しているのだろう?」


 参謀長は一瞬だけ「面倒な方向から来たな」という顔をしたが、すぐにいつもの穏やかな表情に戻る。


「できる範囲では、でございますが」


「うむ。ちょうど先日、あのチョコレートを……」


 言いかけて、ワトホートは咳払いをした。


「……部下が持ってきたのでな。少々、目にした」


 参謀長は何も言わない。

 その沈黙が、むしろ雄弁だった。


「特に気に入っているのが、こうだ」


 ワトホートは胸を張り、指を一つ立てる。


「『名将は常に勇者に微笑むものである』」


 得意げな顔だ。

 言葉の響きの勇ましさが、彼の虚栄心にひどく心地よいのだろう。


「よい言葉ではないか。国難にあって、勇者たる我らにレビル将軍やネルソン提督が、常に微笑んでおられる――そういう意味だろう?」


 参謀長は、少しだけ目を細めた。


「その解釈が好きであられるなら、否定するつもりはございませんが……」


「が?」


「その言葉そのものの出典は、ネルソン提督の記録には残っておりません」


「ふん。創作だと?」


 ワトホートは鼻で笑う。


「海軍監修のチョコに載っておるぐらいだ。真作であろう」


 参謀長は、そこで初めて口角をわずかに上げた。


「では、文脈をご存じですか?」


「文脈?」


「その言葉が、どの場面で語られたものとされているか、でございます」


「……そういえば知らぬな」


「戦地に赴く馬車の中、です」


 ワトホートは、うろ覚えの記憶を思い出そうとする。


「ああ、そういえば、そんな話を聞いたかもしれん。レビル将軍に見送られて、ネルソンが……」


 自分で言いながら、脳内で警鐘が鳴った。

 レビルとネルソンの生涯が、四百年離れていることぐらい、さすがに知っている。


「ちょっと待て。レビル将軍とネルソン提督は、同時代人では……」


「ございません」


 参謀長は、あっさりと言い切った。


「その場面は、架空戦記小説の一幕でございます。タイトルは『蒼海の二つ星』。作者が、レビルとネルソンを同じ時代に並べてみたら、という発想で書いた作品ですね」


「……なんだと」


 ワトホートの顔に、明らかな動揺が走った。


「馬車で戦地に向かうネルソンを、レビル将軍が城門で見送る。ネルソンがその背中を思い出しながら、

 『名将は常に勇者に微笑むものである』と呟く。そういう構図です」


「だが……ネルソン提督は、実際には……」


「海岸基地から旗艦に乗り込まれました。決戦前に馬車で長旅など、されておりません。艦砲戦の決戦に、馬車で出陣される提督はおられませんよ」


 さすがにそこはワトホートも理解していた。

 自分でも、「馬車で出陣」という絵面が可笑しいことに気づいてしまい、苦い顔になる。


「……ふん。まあ、フィクションであることは、承知した。だが、言葉としては悪くないだろう」


「それは否定いたしません。作家殿の言葉選びとしては、見事かと」


 参謀長は、あえて補足しなかった。

 レビル将軍自身が、兵力損耗に相当慎重な人物であったこと、ネルソンがレビル評については極端なまでに敬意深く、こんな勇ましすぎる言い方は避けていたであろう、ということを。


 ――そこまで言えば、閣下は逆ギレなさる。


 そう読んで、彼は口をつぐんだ。


 ワトホートは、無理に話題を変えるように、もう一つ指を立てる。


「では、この言葉はどうだ。『我に追いつく艦影なし』」


 彼の声には、さっきよりもさらに高揚が混じっていた。


「ローズベルト級で全ての敵艦を沈め、夕陽を背に凱旋するネルソン――まさに、ネルソン級の一行にふさわしい台詞ではないか!」


 参謀長は、今度はわずかに眉をひそめた。


「その場面も、別の小説のものですね。『暁のガルダ湾』という作品でございます」


「……またか」


「ガルダ海戦の最終盤。敵艦隊を全滅させ、ローズベルト級に追いすがる艦影は一隻もない。ネルソンが夕陽を背にこう呟く、という設定です」


 参謀長は、机の脇に置いてあった一冊の戦記を手に取った。

 厚い装丁に「ガルダ海戦詳解」と金文字が浮かぶ。


「史実のガルダ海戦は、閣下もご存じの通り、途中で日没し、夜戦に突入しています」


「む……」


「夕陽が出ている時間帯は、二隻目の戦艦を撃沈したあたりです。ここですね」


 そう言って、参謀長は挿絵のページを開いた。

 ローズベルト級ジェネラル・レビル号が、夕陽を逆光に受けながら、敵戦艦に主砲の直撃弾を叩き込んでいる一枚絵。

 爆炎が逆光で黒く縁取られ、水柱と煙が金色に縁取られている。


「観測員が、『逆光で目が痛む』と記録し、交代を申し出ております。最も派手な爆沈は、この二隻目でした。その後、夜戦で三隻目を沈め、残り二隻は撤退。ですから、「全滅」でも、「夕陽を背に凱旋」でも、ございません」


 ワトホートは、挿絵に見入った。


「……ここ、なのか。爆沈の絵は、知っていたが……」


「はい。“我に追いつく艦影なし”と言うなら、本来ならここではなく、敵が領海の外へ逃げ出してから、ということになります。実際には、その時点でネルソンは、領海外まで追撃していますしね」


 参謀長は、そこでふっと笑った。


「ですが……どうでしょう。本物も、負けず劣らず格好良いとは思いませんか」


 ワトホートは、何かを飲み込むようにして頷いた。


「……たしかに。夕陽の逆光で二隻目を爆沈させる、か」


 頭の中で、さっきまで自分が抱いていた「夕陽を背に凱旋するネルソン像」が、少し形を変えるのを感じた。


「フィクションのネルソンも、いいものです。しかし、史実のネルソンは、それに負けておりません」


 参謀長の声は穏やかだが、その目は静かな熱を帯びていた。

 ワトホートは、その熱を、ほんの少しだけ正面から受け止めてしまった。



 2. 「自分の頭で考える」


 沈黙が一拍だけ落ちたあと、ワトホートは、あたかも自分から話題を切り替えたかのように、身を乗り出した。


「……参謀長」


「はい」


「ロックス砦での戦い、私は、卿らに頼りすぎたのかもしれん」


 参謀長の眉が、かすかに動く。

 予想外の言葉だった。


「ネルソン提督は、己の頭で戦局を読み、作戦を練り上げたのだろう。私も、これからは自分の頭で作戦を考えるべきだと思う」


 参謀長は、「その前に座学が必要ですが」と喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。


「……それは、頼もしいお言葉でございます」


「うむ。卿のような有能な参謀に頼ることをやめる、という意味ではないぞ?だが、責任ある者として、私の頭でも考えねばならん。ネルソン提督も、きっとそうされていたはずだ」


 ワトホートは、そう言って胸を反らす。

 参謀長は、そこでふっと口元を和らげた。


「では……閣下。 よろしければ、少々お手合わせ願えますか」


 机の上に、さきほどまで蓋が閉じられていた盤が開かれた。

 艦隊配置用の小さな駒が、整然と並ぶ。


「机上演習でございます。士官学校では初期の課程で扱う、ごく単純な図を一つ」


 ワトホートは目を輝かせた。


「よかろう。どの海戦だ?」


「八十二年前の小規模海戦をモデルとしたものです。詳細な史実はともかく、配置としては互角。先手と後手で、若干条件が変わりますが、その程度の違いしかありません」


「互角、か。ならば、私の才覚を示すには、良い題材だな」


 ワトホートは、早くも勝利宣言のような笑みを浮かべていた。



 3. 六連敗


 最初の一戦は、あっけなかった。

 先手を取ったワトホートは、声高に命令を宣言しながら駒を前進させたが、数手目で側面を晒し、あっという間に旗艦を撃沈される。


「な、何故だ!? こちらの戦力は互角であろう!」


「互角だからこそ、でございます」


 参謀長は淡々としている。


「閣下が全艦を前進させられた瞬間、こちらの艦隊は、中央をやや後退させております。その結果、閣下の中央突破は虚を突きやすく見えて、実際には両翼からの挟撃を受ける形になっておりました」


「運が悪かっただけだ!」


 ワトホートは唇を尖らせる。


「二戦目だ。今度は先手を譲ろう。卿が先に動け」


 参謀長は頷き、今度は自分が先手に立つ。

 配置はそのまま、役割を逆転させただけだ。


 結果は、やはり参謀長の完勝だった。


「……」


「今度は、中央をやや突出させておられましたね。それはそれで、一つの策ですが」


 参謀長は優しく解説する。


「この規模の艦隊ですと、突出する中央は、両翼から切り離されやすくなります。それを利用させていただきました」


「配置が不利なのだ!」


 ワトホートは、盤を指さして叫んだ。


「こちらの艦隊の初期位置が悪い!勢力を入れ替えよ。卿がさっきまで使っていた側を、今度は私が使う」


「承知いたしました」


 三戦目。

 ワトホートは、参謀長が二戦目で用いた動きを、ほぼそのままトレースする。


「どうだ、同じ手でやり返してやったぞ!」


 だが、数手先ですでに参謀長は別の絵を描いていた。

 同じ形をなぞるつもりで動かしたワトホートの艦隊は、見事に空振りし、むしろ側面を晒して撃沈される。


「な、なぜだ!? 卿がやった通りに――」


「“通りに”ではございません、閣下」


 参謀長の声は穏やかだが、言葉は鋭い。


「私が二戦目でとった手は、閣下のおられる側の反応を読んだ上でのものです。同じ配置でも、相手が変われば、同じ手は通用いたしません」


 その後も、ワトホートは勢力を入れ替えながら挑み続けた。

 四戦目、五戦目、六戦目。

 結果は、いずれも参謀長の勝ち。


 ワトホートの額には汗がにじみ、頬はうっすらと赤くなっていた。


「もう一度だ!」


「承知しました」


 参謀長は、駒を並べ直す。

 その手つきは一定して、決して慌てない。


 ワトホートの手元は、少しずつ乱れてきていた。

 駒を置く位置が、微妙にずれている。



 4. ネルソン号を盤に置く


 七戦目の開始前。

 ワトホートは、ふいに動きを止めた。


 盤上の自軍の駒の横に、引き出しから一つ、小さな駒を取り出して置いたのだ。


 それは、ネルソン級戦艦を表す特別な駒だった。

 艦首に刻まれた意匠で、誰の目にもそれと分かる。


「閣下?」


 参謀長の声には、明らかな驚きが混じる。


「現実の海戦では、有り得ぬ話ではないだろう」


 ワトホートは、やけに早口で言った。


「過去の海戦をもとにした演習であっても、そこに現代のネルソン号が現れたとしたらどう動くか、という訓練だ」


 旗艦のマークをネルソン号の駒に付け替えようとして、ワトホートは一瞬、逡巡した。


「……いや、旗艦はこのままでよい」


 本来の旗艦駒はそのままに、ネルソン号は僚艦として並べる。

 盤上の一角だけが、時代を飛び越えたように見えた。


 モデルとなっている海戦は八十二年前。

 その世界に突然、現代最強クラスの戦艦を一隻放り込んだ格好だ。

 参謀長は、一瞬、制止の言葉を飲み込みかけた。


 だが。


 ちらりと見えたワトホートの表情が、子どものように必死だったので、彼はあえて何も言わなかった。


「では、七戦目を始めましょう」


 参謀長は、自軍の駒を整えただけで、ネルソン号を沈めるカードを一切持っていないことを自覚していた。


 盤上のネルソン号は、文字通り「無敵」であり、同時に「圧倒的な速力」という理不尽な優位を持つ。


 ワトホートは、その駒を勢いよく前へ繰り出した。


「見たか!これぞネルソン級の進撃!」


 参謀長の艦隊は、その動きを見て、巧みに回り込む。ネルソン号が戦線の中央を縦横に駆け回るたびに、

 敵の旗艦から距離が開くよう、さりげなくコースを変えていく。

 ネルソン号の射程に入る前に、敵は引き、ネルソン号の背後には、常に味方の旗艦だけが取り残されていく。


 気づいた時には、ワトホートの旗艦は孤立していた。


「戦え! ネルソン号と戦え! なぜ逃げ回る!」


「ネルソン号は、確かに無敵です」


 参謀長の声は、どこか哀しみを帯びている。


「ただし、戦闘に持ち込めればの話です。閣下がネルソン号に夢中でおられる間に、旗艦が無防備になってしまいました」


 次の一手で、参謀長の駒が旗艦を撃沈した。

 ネルソン号は無傷のまま、ワトホートの敗北は確定した。

 その瞬間、ワトホートの脳裏に、ガルダ海戦の解説文の一節が、嫌でも浮かぶ。


「戦闘に持ち込めさえすれば勝てる。その条件を、どう作るかだけを考え抜いた」。


 ネルソンは、鈍足の無敵艦で「戦闘を成立させる」ことに全神経を注いだ。

 自分は今、盤の上に最速の無敵艦を置いて、それに満足していた。


「……」


 ワトホートは、そのイメージを必死に打ち消した。

 顔を赤くしながら、苦い顔を浮かべる。


「……英雄の助力なくして勝てぬなどと、甘いことは言わん」


 彼は、ネルソン号の駒を手に取り、少しだけ名残惜しそうに眺め、それから盤の外に戻した。


「『名将は常に勇者に微笑む』…… 嘘と分かっていても、いい言葉だ。さすがは作家の言葉選びだな」


 本物のネルソンは、微笑む暇などなかっただろう。

 その考えが頭の片隅をかすめたが、ワトホートは、あえてそれを言葉にしなかった。


「さあ、ネルソン号抜きで八戦目だ」


 盤上から英雄を退け、自分だけを残して、ワトホートは再び駒を並べ始めた。


「私が勝たねば、国は救えんのだ」


 遊びであることも忘れたような口調だった。



 5. 九戦目 ― 「自動判定」の存在


 八戦目も、結果は変わらなかった。

 ワトホートの旗艦は、参謀長の手によって、またもや沈められた。


「……っ」


 さすがに息が上がっている。

 顔は完全に赤く、こめかみには汗が滲んでいた。

 そのタイミングで、参謀長がそっと水差しを持ち上げる。


「一息、入れられてはいかがでしょう」


 ワトホートは、我に返ったように水を受け取った。

 喉を鳴らしながら飲み干し、深く息を吐く。


「閣下」


「なんだ」


「ガルダ海戦で、ネルソン提督の僚艦には、それぞれ艦長がいました。提督の指揮のもと、各自が自艦を動かし、戦っていたのです」


「ふむ……それは、まあ、そうだろうな」


「閣下は、すべてを一人で動かそうとしておられる。旗艦も、僚艦も、まとめて」


 参謀長は、盤上の駒を指先で軽く示した。


「机上演習には、僚艦の動きを自動判定に委ねられる規則がございます。盤上の状況に応じて、合理的な行動をとるよう、あらかじめ決められているものです」


「……そんなものがあるのか?」


「はい。士官学校では初期課程で習う内容ですが、閣下は、詳細をご存じなかったのでしょう」


 ワトホートは、気まずそうに顔をそむけた。

 ルールを読み込む前に、「自分で考える」と言ってしまったのだ。


「自動判定は、最適解を導くほど緻密ではありません。しかし、一定の合理性は担保されます」


「……ふむ」


「ガルダ海戦の僚艦たちも、提督の意図を汲みながら、それぞれが戦っていました。閣下も、すべてを抱え込む必要はございません」


 参謀長は、盤の片側にあるスイッチを軽く押した。

 僚艦駒の下に仕込まれた小さなマーカーが、色を変える。


「九戦目。こちらも、自動判定に委ねます。閣下は、旗艦のみに集中なさってください」


 ワトホートは、唇を引き結んで頷いた。


「……よかろう」


 九戦目が始まる。


 盤上で、ワトホートの僚艦たちが、これまでになく滑らかに動き始めた。

 敵の射線を避け、味方旗艦の射界を開けるように散開し、時に集中砲火を浴びせ、時に退いて陣形を保つ。


「おお……」


 ワトホートは、明らかに驚いていた。

 自分が指示していないのに、味方駒が「それなりに正しい動き」をする。


 一方で、参謀長の側の駒も、自動判定に従って動いている。

 先ほどまでのような鋭い罠はなく、動きはやや大味だ。


 ワトホートは、そこで初めて、自分と参謀長の「距離」を直感的に理解した。


 自動化した自分の艦隊は、手動で動かしていた先ほどまでより、はるかに「まとも」に戦っている。

 参謀長の艦隊は、自動化したことで、露骨に攻め手が鈍った。

「手で動かしたほうが強い」どころか、「手で動かさないと本領を発揮できない」レベルだ。


 ――卿のほうが、ネルソンに近い。


 その感覚が、胸の奥でちくりと刺さる。

 ネルソンは、ローズベルト級を「手で」動かした。

 ガルダ海戦の僚艦たちは、それぞれの艦長が「手で」動かした。

 自分は、今、ようやく自動化のおかげで「最低限の形」になっただけだ。


 善戦はした。

 これまでの八戦に比べれば、はるかにマシだ。

 一時は、旗艦同士が至近距離に睨み合う局面すらあった。


 それでも、ワトホートの旗艦は沈んだ。


「完敗、だな……」


 ワトホートは、ようやくそう認めた。

 さっきまで「運が悪い」「配置が不利だ」と言い募っていた男が、初めて「完敗」という単語を自分の口から出した瞬間だった。



 6. 少しだけ、現実に向き合う


 盤上の駒が静かになる。

 参謀長は、水差しを置き直しながら、ふっと笑った。


「作戦立案は、体系的な理論学習が必須でございます。 当面の間は、こちらにお任せいただきとう存じますが」


「……ふむ」


「そこまで思い至れないようでは、ネルソン提督の伝記の読み込みも、まだ甘いということ。座学は、兵法と史学のどちらから始められますか?」


 冗談めかした口調だが、眼差しは真剣だ。


 ワトホートは、一瞬だけむっとした顔をしたが、すぐに、それを「自分なりの格好つけ」に変えた。


「両方だ」


 参謀長が、目を瞬かせる。


「私のような英雄が、いつまでもその才をくすぶらせているわけにはゆかん。参謀長には、英雄を育てる誉れを与えると約束しよう」


 言っている内容は、相変わらず傲慢だ。

 それでも、そこにはさっきまでとは違うものが、ほんの少しだけ混じっていた。


 自分一人で盤を制せなかった、という実感。

 自動判定のほうが、自分より賢かった、という事実。

 参謀長のほうが、“ネルソンに近いところ”にいる、という認識。


 それらをすべて飲み込んだ上で、なお「英雄になる」と言い張っている。


 参謀長は、深々と一礼した。


「それは光栄に存じます、閣下」

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