第6話 届かない拳
結界の内側。
動物園は、静止した世界になっていた。
風は止み、音は吸い取られ、
空間そのものが、ゼルの支配下に置かれている。
「動ける範囲は、半径三百メートル」
カイが即座に状況を分析する。
「……この園全体を、戦場にするつもりか」
ゼルは空中に佇んだまま、答えない。
ゴディが、踏み込む。
「――ッ!!」
大地が割れ、拳が唸る。
一直線の突進。
純粋な力で、距離を潰す。
だが。
拳は――
届かなかった。
見えない壁。
ゼルの直前で、力が霧散する。
「無駄だ」
ゼルの声が、頭の奥に響く。
「お前の力は、物理領域に限定されている」
反撃。
ゼルが指を鳴らすだけで、
ゴディの巨体が宙へ弾き飛ばされた。
「ゴディ!!」
フィンが高速で割り込む。
残像が連なり、無数の打撃がゼルを襲う。
だが、すべて“ズレる”。
「速い。しかし――」
ゼルの視線が追いつく。
「予測可能だ」
空間が折れ、フィンは地面へ叩きつけられる。
「くっ……!」
カイが即座に展開する。
光の陣。
拘束プログラムと干渉波を同時に撃ち込む。
「今だ!」
だが。
ゼルの身体が、一瞬、ノイズのように揺れただけだった。
「理論は正しい」
ゼルは言う。
「だが、出力が足りない」
次の瞬間、
カイの足元の地面が崩れ、動きを封じられる。
三人が、地に伏す。
完璧な制圧。
ゼルは、上から見下ろした。
「これが現実だ」
「お前たちは、侵略者としても、守護者としても未完成」
ゴディは、歯を食いしばり、立ち上がろうとする。
「……まだだ」
拳が震える。
「まだ、終わってない」
ゼルは、わずかに首を傾げた。
「なぜ、そこまで抗う?」
「命令でもない。生存でもない」
「……何が、お前を動かす?」
ゴディは、ゆっくり顔を上げる。
脳裏に浮かぶのは、
檻の前で笑った子ども。
「またね」と手を振った飼育員。
「――約束だ」
ゼルの瞳が、初めて揺れた。
「……理解不能だ」
結界が、静かに解かれる。
ゼルは、距離を取る。
「今日は、ここまでにしておこう」
「次は――」
その姿が、光に溶ける。
「選択の結果を、回収しに来る」
夜明けの光が、園内に戻る。
三人は、動けないまま空を見上げていた。
フィンが、苦笑する。
「……完敗、だね」
カイが、静かに言う。
「だが、得たものもある」
ゴディは、拳を握る。
「次は……」
「守る」
その言葉だけが、確かだった。




