第3話 観測者の名
その艦は、地球の影に潜んでいた。
星を覆う蒼い光を前に、巨大な宇宙艦の中枢で一体の存在が静かに立っている。
侵略艦隊統括官――オブザーバー・ゼル。
「迎撃部隊、全滅……?」
報告を受けても、ゼルの声は揺れなかった。
複数の光のスクリーンに、先ほどの戦闘記録が再生される。
――三体の未登録生命体。
――人型へ変異。
――侵略兵を単独で撃破。
「……解析結果は」
『該当データなし。だが、遺伝子構造に我々と近似値を確認』
ゼルの細い目が、わずかに細められる。
「なるほど。まだ“残っていた”か」
かつて地球侵略の先遣隊として送り込まれた三体。
長期潜伏を前提に設計された実験個体。
「裏切り者、というには……」
ゼルは言葉を選ぶ。
「地球に“染まった”のだろう」
スクリーンに映る、少年を庇うゴディの姿。
それを見つめるゼルの口元が、かすかに歪む。
「感情とは、厄介だ」
⸻
その頃、地球では。
夕暮れの動物園。
一日の騒動が嘘のように、静けさが戻っていた。
ゴディは再びゴリラの姿に戻り、岩場に座っている。
檻の外では、飼育員がガラス越しに小さく手を振った。
「今日は大変だったね、ゴディ」
彼は返事をしない。
だが、その視線はどこか柔らかかった。
カバ舎では、カイが水面に浮かびながら考え込んでいる。
「侵略兵の装備……量産型にしては新しすぎる」
「つまり?」
フィンが柵の上で片足立ちする。
「本隊が、本腰ってこと」
フィンは笑顔を作った。
「やっぱ来たかぁ。覚悟はしてたけどね」
「本当に?」
カイの問いに、フィンは一瞬だけ黙る。
「……正直、ちょっと怖い」
その言葉に、沈黙が落ちる。
ゴディが、低く唸るように言った。
「逃げるなら、今だ」
二人が、彼を見る。
「俺は残る」
短い言葉だったが、重かった。
「この場所を……ここにいる人間を、見捨てられない」
フィンは空を見上げる。
「だよね。俺もさ、子どもに『またね』って言われる星、初めてだったし」
カイは静かに目を閉じた。
「論理的に考えれば、我々に勝ち目は薄い」
「でも?」
「……それでも、だ」
遠くで、園内放送が流れる。
閉園を告げる、穏やかな音楽。
その裏側で、空がわずかに歪んだ。
宇宙艦から、細い光が地球へと伸びる。
オブザーバー・ゼルは、独り呟いた。
「確認しよう。彼らが――」
「本当に、地球を選んだのかを」
動物園の灯りが、ひとつ、またひとつと消えていく。
夜が訪れる。
次の戦いは、もう始まっていた。




