バーガンディ
「今日、泊っていかない?」
好きな人にそう言われたから、脳は思考することを投げ出してしまったらしい。彼の香りが充満するこの部屋で、私はこれから一晩を過ごすのだ。二人きりで。
もう夜も遅いからね、と彼は言った。私はただ、期待を胸に抱く。だって、好きな人だから。そんな彼に、私は笑って「ありがとう、優しいね」と答えた。別に優しくしなくてもいいよ、と願いを込めて。
彼は嬉しそうに笑って、映画でも観ようか、とテレビをつけた。あの映画が面白かっただとか、この映画が泣けただとか。いつもなら一言一句逃さないであろう彼の言葉が、今ばかりは右から左へとすり抜けていく。
「どれがいい?」
その言葉で、やっと思考が動き出す。
覗き込むようにこちらを見ている彼と目が合って、部わりと顔に熱が集まった。バクバクと心音が騒ぎ立てていて、手のひらはじわりと汗ばんでいるのが分かる。えっと、と紡いだ声は少し掠れた。
「……きみ、」
「えっ、」
「……の、オススメを」
「あっ、あぁ……、」
息をのむ。危うく口が滑るところだった。
平静を装ってテレビへと視線を移す。彼が少し操作をすると、すぐに映画が始まった。会話はない。今はそれが丁度良い。
時折、足を組み直す彼とぶつかった。それだけでどきりと胸が跳ねるのだと、彼は知りもしないだろう。
後日談。
「あの時、どうしてド〇えも〇の映画にしたの?」
「映画として好きだから、ってのもあるけど……、」
「けど?」
「……煩悩を消すために」
(250420)