第6話「パン屋と海賊と、最後の宝」
「見つけたかもしれない。」
その日の昼休み、俺は高宮ほのかにそう告げた。
「……宝を?」
「うん、たぶん。夢で見たんだ。嵐の中、お前――いや、“前世のお前”が船にしがみつきながら叫んでた。」
ほのかは、ゆっくり頷く。
「俺の宝は……金じゃねぇ。地図でもねぇ……。」
加瀬透は目を閉じて、夢で聞いたその声を思い出す。
「――“俺が一番欲しかったのは、お前たちと過ごした時間だった”って。」
嵐の中、沈みゆく船の中で、海賊だった彼は最後の最後にそれを叫んだのだ。
「仲間と、船と、空と、塩と風と、笑いと喧嘩と、酒の味と……その全部が、俺の宝だったんだってさ。」
ほのかは黙って話を聞いていた。
そして、ぽつりと呟く。
「……確かに、最近分かる気がしてた。バイトして、パン焼いて、お客さんに“おいしい”って言われるたびに……なんでか、泣きたくなるんだ。」
「きっとそれだよ。“誰かと分け合うもの”――それが、お前にとっての宝だったんだろ。」
ほのかは、口元に小さく笑みを浮かべた。
「加瀬くんってさ……本当に変な人だよね。私の夢の中の宝を、私より先に気づくなんて。」
「まぁ、変な体質なんで。」
「……ありがと。」
その一言は、焼きたてパンのようにあたたかくて、少し甘かった。
放課後。パン屋の裏手で、ほのかは焼きあがったばかりの“宝箱パン”を取り出した。
ふわっと香るシナモンとナッツ、ほんのり塩気のきいた生地に、金色に照り返すグレーズ。
「見て、これが私の“お宝”。新作よ。」
「食べていい?」
「当然でしょ。仲間に食わせるのが、あの海賊の流儀だったから。」
そのパンは、まるで夢の続きを食べてるみたいだった。
「……うまいな。」
「でしょ?」
そう言って笑う彼女の笑顔は、前よりずっと軽くなっていた。
「夢の中の“あの人”に、これ食べさせてあげたかったな。」
「――夢の中の“お前”は、絶対そう思ってたよ。」
今、彼女は“自分で見つけた宝”を誰かと分かち合っている。
それが、夢の成仏なのか、それとも再出発なのかは分からない。
でも俺には分かる。
あの沈んだ帆船の中で、宝を見つけられなかった男は、今――パン屋の少女として、宝を手にしたんだって。
加瀬透、前世の遺言代行業、本日も無事終了です。
次の夢は、どんな物語だろうか。
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