第58話「引き金と手のひら」
夢の中。戦場の夕暮れ。
煙と硝煙の匂いの中、ひとりの男がライフルを構えていた。
――敵影確認、距離三十――
標準を合わせる。その向こうにいたのは、銃を持たない若者だった。
一瞬、指が止まる。
「……俺は、守るために……。」
しかし、引き金は引かれた。
光と音が弾け、視界が真っ白に染まる。
現実、学校の奉仕部室。窓から見えるグラウンドで、生徒たちが走っている。
「また石田先輩がグラウンド整備してる……。」
真白の声に俺も目を向けた。
石田 鷹也。3年。
ゴミ拾い、部活のサポート、時には落とし物の捜索まで、彼の“人のため”っぷりはちょっとした伝説だ。
「いい人すぎて、ちょっと心配だよね。」
俺は答えなかった。
ただ、その夜、夢を見た。
あの兵士の続き。
引き金を引いたあの夜から、男は笑わなくなった。
戦後、持ち帰った罪は日々の中で腐っていき、
薬と酒に手を染め、最後は店を潰し、道端で眠るようになった。
「……結局、誰も救えなかった……。」
数日後。
校門前、叫び声が上がった。
「危ないっ!」
小さな子が道路に飛び出した瞬間。
車のクラクションが響く。
石田先輩が飛び出した。
俺の中で何かが弾けた。
――引き金じゃない、手を伸ばせ。
気づけば俺も走っていた。
咄嗟に彼の腕をつかみ、二人とも跳ね飛ばされた。
目が覚めたのは病院のベッドの上だった。
「……助かったのか、俺。」
隣のベッドで、石田先輩が笑っていた。
「お前……なんで来た?」
「そっちこそ……あんな危ないとこに飛び込んで。」
「……守りたかっただけだよ。」
「今度は、俺が守ったよ。先輩の“その先”を。」
静かな病室。
けれどその中に、かすかに何かがほどけるような音があった。
後日、先輩は退院した。
校門でまた掃除をしている彼に、俺は声をかけた。
「今度は、誰かに助けられてもいいんですよ。」
彼は驚いた顔をして、それから、小さくうなずいた。
「……ありがとうな。」
加瀬透、高校生。
今日は、“撃った手”を、“差し伸べられる手”へと変えた日だった。
どん底にいた心が、たった一つの手で、また歩き出せるようになる。
――それを、俺たちは知っている。
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