第57話「紙面の裏に刻まれたもの」
夢の中。焼け落ちた街、黒煙が立ち昇る空。
その中を、ひとりの男が歩いていた。手に握っていたのは、一枚の新聞。
――“戦争は終結。和平交渉、合意間近”
その見出しの下に、血に濡れた瓦礫と、泣き崩れる人々。
男の足元で、少女の人形が泥に沈んでいた。
「……俺が……書いたんだ。信じてくれた人が……ここに、いたのに……。」
彼はその新聞を握りつぶすように、静かに膝をついた。
「部活、入るなら新聞部どう?」
放課後、先輩にそう声をかけられたのは、1年の頃の話だった。
新聞部の部長――高嶋 燈司。
寡黙で、無口で、でも記事には一切の誤字脱字も憶測もない。
「スクープ? ゴシップ? 興味ない。」
「それより、正確な事実を残す方が大事だから。」
そんな彼の姿勢は、どこか異質で――けれど、俺にはどこか、深く沁みた。
その夜、夢を見た。
あの新聞記者の記憶。
誤報を信じて前線に向かい、戻らなかった兵士。
逃げ遅れた市民。
「自分の言葉で、人が死んだ。」
夢の中の記者は、そう呟いて、タイプライターの前から離れなかった。
ある日、学校で不審者騒ぎがあった。
「犯人は2年の生徒らしい」「ナイフ持ってたって」「SNSでバズってた」
廊下はざわついていた。だが、その中で新聞部だけは静かだった。
「……裏が取れてない噂は、載せない。」
高嶋は一枚の紙に、そう記していた。
「でも、それじゃスクープ逃すじゃん!」と1年が言う。
「真実でなきゃ、書く意味がない。」
冷たい言い方に聞こえたが、彼の目は本気だった。
その夜、俺は彼に尋ねた。
「前世で、何があったの?」
しばらくの沈黙のあと、彼はぽつりと口を開いた。
「記事一本で、街が焼けた。」
「信じてもらえたことが、痛かった。だから俺は……もう絶対に、誤報を載せないって決めた。」
翌週。新聞部の号外が出た。
『不審者騒ぎ、誤情報と判明。生徒への配慮を』
その記事には、教師の確認と生徒会の証言が添えられていた。
見出しは派手ではなかった。
だけど、校内では珍しく“信頼される記事”として広がった。
「地味でもいい。確かな言葉は、残るから。」
高嶋は、そう言って机の上に原稿を並べた。
加瀬透、高校生。
今日は、“言葉の重さ”に向き合い続けた記者の未練を、
今の世界で、確かな言葉として再構築できた日だった。
静かで、誠実で、疑わずに信じられる――それこそが、彼の“スクープ”なのだ。
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