第56話「不器用な距離、不器用な未練」
「またやってるよ……。」
昼休みの教室。今日もいつもの騒ぎが起きていた。
「お前こそ、昨日の数学の答え間違ってただろ!」
「は? あれは途中式が抜けてただけで!」
机を挟んで言い争っているのは、2年の柚原 恭一と藤咲 玲菜。
顔を合わせるたびにケンカをすることで有名なふたりだが――俺には、どうにもそれが“じゃれあい”にしか見えなかった。
「……透、また観察してるの?」
「うん。なんか、この2人って妙にバランス取れてる気がするんだよね。」
真白が隣で笑う。
「小学生のときからずっとあんな感じだったらしいよ。ある意味、夫婦漫才。」
俺はその言葉に引っかかった。“夫婦”――それは、昨夜見た夢に出てきた、あの二人の関係そのものだった。
夢の中、大理石の階段の上で少女が叫ぶ。
「いい加減にして! 私たち、婚約者でしょう!?」
「そっちこそ、もう少し貴族らしい口を利けよ!」
剣と扇子で火花を散らすような口論。周囲の使用人たちが戸惑いながらも、その言葉の裏にある“気遣い”に気づいている。
けれど二人は、決してそれを口にしなかった。
結局、少女はこう言ってその場を去った。
「……本当は、あなたがいなくなるのが一番怖かったのに。」
声が届く前に、戦争が始まった。
放課後、俺はそれぞれに話を聞いてみることにした。
まずは柚原に。
「玲菜さんのこと、どう思ってる?」
「は? あいつ? ただの口うるさいガミガミ女だよ。」
「でも、一番最初に意見聞くのはいつも彼女だよね。」
「……うっ。だ、だってあいつ、妙に察しがいいっていうか、先回りしてくるんだよ……。」
次に藤咲に。
「恭一くんのこと、なんであんなに突っかかるの?」
「別に突っかかってないし。ただ、あいつがバカなだけ。」
「でも、彼が怪我したとき、一番先に駆けつけたの君だったって聞いたよ。」
「……それは……違う、そういうのじゃ……。」
俺は二人に同じ質問をした。
「もし、明日、どちらかがいなくなったら?」
二人とも、一瞬で顔が曇った。
「……それは、イヤだな。」
「……ずっとケンカできなくなるじゃん。」
その“答え”に、彼らは気づいていないかもしれない。
でも――俺には見えた。
それが、前世で“告白できなかった”未練の正体。
数日後、二人がまた口論していた。
だが、その声はどこか丸く、響きの奥に“安心”があった。
「ねえ、玲菜。今度の映画……行く?」
「は? なんで私があんたと?」
「……ヒマだったら、ってだけだし!」
「……バカ。でも、いいよ。」
周囲は驚いたが、俺だけは知っていた。
それが、やっと叶った“最初の約束”だということを。
加瀬透、高校生。
今日は、“言えなかった言葉”を、“自然な言い合い”の中で交わした日だった。
不器用な告白も、互いを必要とする気持ちも、すべては――すれ違いの中にある。
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