第54話「完遂の果てに」
夢の中、深い霧に包まれた石造りの城塞都市。雨に濡れる石畳の上、ひとりの少女が走っていた。
黒いマントに短剣。足音すら殺したような気配。
彼女の胸にはただひとつ――「依頼を果たす」という使命だけがあった。
暗闇の中、標的の姿を捉えた瞬間、背後から鋭い笛の音。
「――っ!」
少女は咄嗟に身をかわしたが、刃のような視線を持つ警備兵たちが周囲を包囲していた。
「どうして……ここで……!」
最後に、かすれるように彼女は呟いた。
「せめて、あの男だけは……。」
刃の代わりに降り注いだのは、矢と怒号。そして静寂。
――依頼は、未完のまま。
「加瀬くんって、失敗したことある?」
昼休み、屋上で唐突に聞かれたその質問。
話しかけてきたのは、1年生で探偵部の部長・堂島 凛。
クールで無口。依頼は100%成功させる。そんな彼女が、少しだけ曇った目でこちらを見ていた。
「あるよ。しょっちゅう。でも、死にはしないし。」
「……死なない、か。」
その言葉を、彼女は何度も口の中で転がすように繰り返した。
その夜、俺は夢を見た。
あの暗殺者の少女が、雨の中、膝をついていた。
倒れる寸前、手を伸ばした先にいたのは――誰かを守って立ちはだかる“今の凛”だった。
「凛……君も、見てるのか?」
翌日、彼女は探偵部の部室で書類を整理していた。
「最近、依頼が多すぎて……。完遂しないと気が済まなくて。」
「それ、使命感? それとも、恐怖?」
「……恐怖、かも。」
「失敗が?」
「ううん。たぶん、“自分が足りない”ことが怖いんだと思う。」
「でも、今は違うよ。命がけじゃない。失敗しても、誰も死なないし、君も……壊れない。」
「……それでも、私、何かを果たさなきゃって思っちゃうの。」
「その思いは、きっと君の中にある“前の生”の影響だよ。果たせなかった依頼。完遂できなかった自分。それが、今も残ってる。」
「じゃあ、私は……ただの復讐者?」
「違う。今の君は“助けたい人のために依頼を引き受ける人”でしょ? それは、ちゃんと意味があるよ。」
その瞬間、凛の目に、少しだけ光が戻った。
後日、彼女は依頼者からの感謝の手紙を手に微笑んでいた。
それは報酬よりも重い、“依頼完遂”の証。
「加瀬くん、ありがと。たぶん、やっと分かった。失敗しても、私は私でいられるってこと。」
「うん。君はもう、命を懸けなくても、果たせる人になってる。」
加瀬透、高校生。
今日は、“未完の依頼”が、“今の達成”として報われた日だった。
完遂することがすべてじゃない。けれど、果たせたとき――その一歩は、確かに未来を変える。
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