第51話「あたたかい午後に、ふたり」
夢の中、重厚なカーテンに囲まれたサロン。その中央に、老婦人がひとり、揺れるロッキングチェアに腰かけていた。
「ルナ……どこへ行ったの、ルナ……。」
白髪に真珠の櫛、優雅なドレス。彼女の姿は気品に満ちていたが、その目はどこか寂しげだった。
呼びかける声は誰にも届かず、彼女の指先が撫でるのは空の膝。
そこにあるべきはずの、金色の瞳をした小さな存在――名をルナと呼ばれた猫。
「もう一度だけでいい、あのぬくもりを感じたかった……。」
彼女の声は、夢の終わりとともに、静かに消えていった。
「加瀬くんって、あのふたりのこと、どう思う?」
放課後の教室、真白がふと指さしたのは、校庭の木陰に座るふたりの女子生徒。
ひとりは、風紀委員で成績優秀な才媛・水川 綾。
もうひとりは、自由奔放で制服を着崩しがちな猫っぽい少女・三条 琴音。
真逆のようなふたりは、いつも一緒にいた。
「なんか、あそこまで一緒だと……付き合ってるって噂もあるよね?」
「うん……でも、ちょっと違う気がする。」
俺はそう答えた。
綾が微笑んで琴音の頭を撫でる。琴音は目を細めてその膝に頭を預ける。
甘えるでもなく、媚びるでもなく、ただ――安心しきったような態度で。
その夜、俺は再び夢を見た。
老婦人の屋敷に、金色の瞳をした猫が迷い込む。
「ルナ……?」
猫はしばらく彼女を見上げたのち、静かに歩み寄り、その膝に身を丸めた。
「……ありがとう、もう一度、会わせてくれて。」
夢の中で老婦人がこぼしたその言葉が、俺の胸に残っていた。
数日後、昼休みの図書室。
俺は何となく琴音に話しかけた。
「水川先輩とは、長い付き合いなんですか?」
「うーん、小学校の頃から? でも綾の方が年上だから、最初はすごいお姉さんって感じだったなぁ。」
「今も、そんな感じに見えますけど。」
「ふふっ。そだね。私、綾がいないとちょっとダメかも。」
猫だった前世。膝の上の安心。身を任せる信頼。
今も彼女は、同じように水川先輩の傍らで、安心して生きている。
――今度こそ、時間を共にできる関係で。
ある日の昼休み。校庭のベンチで寄り添っているふたりに、何気なく誰かが言った。
「水川さん、ちょっと過保護すぎない?」
「もう高校生なんだし、少し離れた方がいいんじゃない?」
そんな声に、琴音がふっと笑った。
「綾がそばにいてくれるの、私、すっごく嬉しいんだけどなぁ。」
水川先輩は何も言わずに、琴音の頭を撫でた。
その優しい手のひらに、確かにあの老婦人の記憶が宿っているようだった。
加瀬透、高校生。
今日は、“別々の時間を生きたふたり”が、“同じ時を持てるようになった”日だった。
それは誰にも理解されなくても、誰よりも深く優しい、再会の物語だった。
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