第5話「宝を見つけられなかった海賊は、現代でパン屋になった」
「……ちょっと、変な夢を見たの。聞いてくれる?」
放課後、俺のところに来たのは――クラスメイトの高宮ほのかだった。
ほんのり焼けた肌、短く切り揃えられた髪、そしてパンの匂い。
「なんかさ、夢の中で自分が……男だったの。しかも、めちゃくちゃ強い海賊で!」
「あー……はいはい、また来た。」
最近こういうのが多い。
彼女は言う。
「自分、黒ひげって呼ばれてた気がする。男の部下たちと一緒に航海してて、でも嵐に遭って、沈んじゃった。船も、お宝も、全部海の底。」
「なるほどなー。で、何が未練だったと思う?」
「宝よ。積んでた最後の宝。あれを手にしてたら、多分、後悔しなかった。」
「その宝って、金銀財宝?」
「……分かんない。なのに、見つけなきゃ、って気持ちだけが残ってるの。」
夢の中で死んだ“海賊の俺”は、最期に泣いてたらしい。
「――まだ、見つけてねえんだよ……。」
それが今のほのかに影響してるのか、彼女はずっと“何かが足りない”気がして落ち着かないという。
しかも、こんなことも言った。
「なぜか、パン焼いてる時だけ、心が静かになるの。不思議でしょ?」
「いや、それ、完全に職人魂じゃね?」
どうやら前世の“海賊”は、海と戦の合間に、船のパンも焼いてたらしい。
命がけの略奪のあと、甲板で「今日の焼きは上出来だ」とか言ってたとか。なんだそのギャップ。
「……というわけで、放課後バイト始めたんだ。パン屋で。」
「おお、真面目だな。」
「でもね……。」
ほのかは、少しだけ悲しそうに笑った。
「パン作ってても、たまに“これじゃない”って思うの。私が探してた宝は、これじゃないって。」
その言葉に、俺の胸の中がちくりとした。
恋愛の夢じゃない。誰かとくっつける話じゃない。
でも――
「それでも、その“宝”を探すのをやめたくないんだろ?」
「……うん。どこかにある気がするの。私の“最後の宝”が。」
加瀬透、再確認する。
前世の記憶は、恋愛だけじゃない。
この世に残した、未練、夢、誓い――
そういうのを拾っていくのが、たぶん俺の役目だ。
その夜、俺は夢を見た。
荒れ狂う海の上、沈みゆく帆船の中、男が叫ぶ。
「おい……誰かに、託すぜ……俺の、宝を……!」
目覚めたとき、窓から朝日が差し込んでいた。
……託された。これは確かに、そういう夢だった。
次の日、ほのかは俺にパンをひとつくれた。
「新作。宝探しのヒントになるといいなって、思って。」
包みを開けると、中には――
金色のあんを詰めた、海賊帽の形のパンがあった。
「……それっぽいの作ったな、おい。」
「へへ、まあね。」
今日も、過去の誰かが少しだけ、今を生き直してる。
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