第42話「忠義のすれ違い」
夢の中、ヨーロッパの石畳の庭を、ひとりの少女が歩いていた。
白い日傘、レースのドレス、細く美しい足取り。
そのすぐ後ろを、茶色の大きな犬がついてくる。
「……リュカ、そんなにくっつかないで。歩きづらいわ。」
「わんっ。」
けれど犬は離れようとしない。全身で「守らなければ」という忠義を滲ませて。
「もう……私、大丈夫なのに。」
少女は振り返り、小さく笑った。
その笑顔が、犬の心にずっと残った。
「透、助けて。大変なことになってる。」
教室で俺に声をかけてきたのは、隣のクラスの藤村ほのか。
真面目でおっとりした性格だけど、今は明らかに困っていた。
「最近、同じクラスの秋山くんがずっと私のこと気にかけてくるの。重いとかじゃないんだけど……。」
「具体的には?」
「下駄箱までついてくるし、荷物も勝手に持とうとするし、階段降りるとき毎回“段差に注意です、お嬢様”って……。」
「あ、それ、完全に忠犬タイプだね。」
俺の頭に夢の中の“犬”の姿が浮かんだ。
――きっと、秋山は前世でほのかを守っていた犬だ。
昼休み、偶然を装って秋山に話しかけた。
「なあ秋山、最近なんか夢、見たりしない?」
「え? ……石畳の庭?みたいなとこで、誰かを追いかけてるような……。」
「それ、君が犬だった前世だよ。」
「……は?」
俺はスッとポケットから取り出した“占いノート”を開いた。
「人は前世での行動に引きずられることがある。で、君は“主を守れなかった”って未練があるんだ。」
「確かに……最後、彼女を一人にしてしまった気がする。」
「でも、現世の彼女は“もう守られたい”とは思ってないかもしれない。」
秋山はその言葉に、しばらく黙っていた。
放課後、昇降口で俺はほのかと再び会った。
「……秋山くん、今日は“じゃあまた明日”って笑って帰ったの。何かした?」
「ちょっと、前世占ってあげた。」
「は?」
俺は笑って言った。
「たぶん、あの子はずっと“お嬢様”だった君を、もう一度守りたかったんだ。でも今の君には、“ちゃんと歩いてる”ってわかったんだよ。」
ほのかは小さく笑って、それからぽつりと呟いた。
「そっか……私も、守られてたんだね。気づかなかったな。」
加瀬透、高校生。
今日は、忠義の鎖をまだ外せなかった誰かの心に、そっと鍵を渡した。
そしてその鍵は、過去と今の距離を、優しく解いていた。
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