第40話「終幕の手前で」
夢の中、舞台の上に灯りが差していた。
中世の衣装をまとった女優が、静かに一礼する。
「これが……最後の役。そう言われたのに。」
照明が落ちていく中、彼女は独り言のように呟いた。
「まだ、セリフを言っていないのに。」
暗転――そして夢は、そこで終わった。
「透くんって、演劇とか観たりする?」
そんな話題を振ってきたのは、演劇部の1年、石倉璃子。
物静かで、舞台上では別人のように輝くタイプ。
でも今日は、その目に少し迷いがあった。
「最近、台本読むと涙が止まらなくて……内容は別に悲しい話じゃないのに。」
「どんな話?」
「中世の女優が、自分の運命と向き合って、最後に舞台の上で“運命は選べる”って叫ぶ話。でも、そこまで言いきれない自分がいる気がして……。」
璃子は戸惑っていた。
演じる自分と、本当の自分。その境界線が曖昧になっている。
――いや、それはきっと前世の“未練”だ。
夜、夢が続いた。
同じ舞台。揺れる緞帳。拍手の音。
だが彼女は舞台中央で立ち止まったまま、最後のセリフを喉の奥で呑みこんでいた。
――なぜ?
「……この物語が、途中で終わってしまったから。」
俺は翌日、璃子に尋ねた。
「この脚本、元は誰が書いたか知ってる?」
「顧問の先生の引き出しにあったって……でも作者名がなくて。タイトルも途中までしかないの。」
つまりこれは、未完の台本。
前世で彼女が演じようとした「最後の物語」。
でも、その結末がどこにも存在していない。
数日後、演劇部室の整理棚から、俺は一冊のノートを見つけた。
『運命の指輪 最終幕』
内容は粗いが、最後のセリフが書き込まれていた。
――「私は、自分の運命を自分で選ぶ。」
そして舞台は暗転し、彼女は泣きながら微笑んで幕を引く。
璃子にそれを手渡すと、彼女は数秒だけ黙ってから、小さく笑った。
「このセリフ……これで、言えるかもしれない。」
その日の練習、彼女の声はまっすぐに舞台を貫いた。
「私は、自分の運命を――自分で選ぶ!」
拍手が起きたわけでも、照明が劇的に落ちたわけでもない。
でも、確かにそこに“終わり”が訪れていた。
加瀬透、高校生。
今日の仕事は、舞台の途中で止まっていたひとつのセリフを、最後まで言わせることだった。
そしてその声は、今を生きる誰かに拍手を残していた。
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