第33話「愛を知るということ」
夢の中、砂漠のように乾いた城で、男は孤独に生きていた。
「愛とは、絵空事だ。」
そう呟いて、彼は何度も王の命で人を裁き、決して心を動かすことはなかった。
けれど最期の瞬間、彼はふと空を見上げ、ひとつの願いを呟いた。
「……もし生まれ変われるなら、今度は誰かを、好きになってみたい。」
それが、彼の唯一の未練だった。
「加瀬くん、最近先生って夢見たりする?」
真白が持ってきた話題は、意外なものだった。
「英語の北條先生、なんか最近ぼーっとしてることが多くて。」
「恋でもしてるのかな。」
「それが……どうも夢に誰かが出てきてるらしいよ。」
放課後、職員室の前を通ると、確かに北條先生の様子は少し違っていた。
静かに紅茶を淹れながら、窓の外を見ている。
「北條先生、最近よく夢を見るそうですね。」
「……ああ、加瀬か。そうだな。誰かを裁いてばかりいた、昔の自分みたいな男の夢だ。人を愛せなかった、不器用な男の。」
「先生……それ、前世の記憶かもしれません。」
「まさか。でも……夢の中の彼は、誰かを想うことすら、知らなかった。だからこそ今、やけに人の目が気になるんだ。」
俺は少し考えた。
「誰か、気になる人がいるんですか?」
「……いるよ。隣のクラスの高梨先生。あの人の言葉が、やけに心に残ってしまうんだ。」
それはきっと、前世の未練が今に繋がっている証。
高梨先生は明るく、誰にでも平等な教師だ。
北條先生とは正反対のタイプだが、だからこそ惹かれるものがあるのだろう。
ある日、ふたりが偶然同じ授業準備室に残った。
俺はそっと空気を見守る。
「高梨先生、あなたのことを、気にしていました。」
「えっ……北條先生……?」
「私は、ずっと人を遠ざけてきた。でも、あなたを見ていて、それが間違いだったかもしれないと思ったんです。」
高梨先生は驚きつつも、優しく微笑んだ。
「……それなら、少しずつ近づいてみましょうか。人と関わるの、悪くないですよ。」
窓の外に春風が吹いた。
ふたりの時間が、静かに始まった。
その日の帰り道、レイナが俺に声をかけてきた。
「……透、少しだけ、話してもいい?」
「どうした?」
「今日の先生の話……少し、他人事に思えなかったの。私も、夢の中で誰かを想った記憶がない。愛って、よくわからなくて……。」
「でも、今の君なら。少しずつわかるかもしれない。」
レイナは、静かに頷いた。
「……うん、そうかもね。愛を知ることって、勇気がいるけど、怖がってちゃ何も始まらないよね。」
「そう。君はもう、一歩踏み出してるんだと思う。」
レイナは微笑んだ。
「ありがと、透。」
加瀬透、高校生。
今日は、愛を知らなかった男が、ひとつの愛を知る物語。
そしてもうひとりの少女が、未来に少しの希望を見出した物語だった。
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