第32話「夢の続きを、描く者たち」
「この子には、絵の才能がある。」
夢の中、木漏れ日が差すアトリエで、老いた画家がそう呟いた。
「だけど、あの子は……自分の絵を、誰にも見せたがらないんだ。」
キャンバスに描かれていたのは、あたたかい光の中、手を繋ぐふたりの後ろ姿だった。
ある日、美術部の展示を見ていた俺の目に、一枚の絵が留まった。
それは、白いベンチと木漏れ日の描かれた小さな作品。
署名はなかったが、どこかで見たことがある気がした。
「それ、描いたの……美緒だと思う。」
隣にいた真白がぽつりと言った。
「1年生の、三橋 美緒。でも、名前を出すと怒るんだって。『私なんか』って、いつも言ってて。」
その夜、俺は夢を見た。
美緒によく似た少女が、アトリエの隅でうつむいていた。
「私の絵なんて、誰も……。」
それを見守っていたのは、穏やかな眼差しの青年。
「君の絵には、優しい未来が描かれている。」
「透先輩、なんですか……。」
放課後、美術室の前で待っていた俺に、美緒は少し警戒した様子で声をかけてきた。
「この前の展示の絵、すごくよかった。誰が描いたか知りたくて。」
「……あれ、私です。でも、見ないでほしかった。」
「夢で見た。昔の君が、絵を描いてた姿。隣に、君の絵を肯定してた人がいた。」
美緒の目が揺れる。
「……浩也くん、かな。昔、同じアトリエで描いてた人。……でも、彼は途中で画家をやめた。家の事情で。」
「夢の中で、君の絵を『好きだ』って言ってたよ。今も、その気持ちは変わってないんじゃないかな。」
「でも……もう会えないから。」
「本当に?」
俺はスマホを取り出し、美術部の共同制作の展示予定を見せた。
「来週の公開制作会。彼も来る。今は広告会社でイラストレーターをしてる。君の展示を見て、参加希望を出してた。」
美緒の目に、言葉にならない色が浮かんだ。
公開制作会当日、美緒は震える手で筆を持っていた。
それでも、隣に現れた青年――浩也は、ただ微笑んで頷いた。
「久しぶり、美緒。君の絵、ずっと見たかった。」
その言葉で、美緒の手が少しずつ動き出す。
白いキャンバスに、ふたりの世界が広がっていく。
筆の音と、交わされる視線。
それは、前世の夢の続きを、今この場で描いているようだった。
「透先輩、ありがとう。」
夕方、展示を片付けながら、美緒が言った。
「夢だと思ってたことが、現実になった気がします。」
「絵は、記憶と未来を繋ぐ道なんだね。」
「私……これからも、描いていいんですよね。」
「もちろん。君の絵は、きっと誰かの心に残るよ。」
加瀬透、高校生。
今日、夢の続きは――キャンバスの中で、再び動き出した。
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