第30話「再現されぬ一皿」
夢の中、白い湯気の立ちこめる厨房で、ふたりの料理人が向き合っていた。
「お前のソースには、まだ深みが足りん。」
「はは、ならそっちのスープには情熱が足りてないな。」
言葉は辛辣だが、笑みがある。
それは、互いに高め合う本物のライバル――それが、最後の記憶だった。
「透先輩、ちょっと相談があるんです。」
家庭科室で声をかけてきたのは、2年の料理部部長・飯田翔。
真面目で繊細な味付けが得意な料理人肌の男子。けれど、その顔はどこか曇っていた。
「最近、何を作っても“らしくない”って言われるんです。自分の味が分からなくなってて……。」
「誰かの味を、再現しようとしてる?」
俺の問いに、彼はハッとしたように頷いた。
「昔、一緒に料理を競い合ってた友達がいたんです。彼の味が、今でも忘れられなくて。」
「夢、見たりしてない?」
「……はい。あの厨房、あの鍋の音、そして、あいつの料理。全部覚えてるのに、どうしても同じ味にならない。」
彼は未練を抱えている。
その日の夜、俺も夢を見た。
そこには、炎をあやつるように鍋を振るう翔と、それを横目にソースを煮詰める別の青年の姿。
「負けないからな、翔!」
「望むところだよ、浩司!」
彼らの料理には、確かに互いの魂が宿っていた。
夢の中で、二人は最後まで張り合いながらも、最後の一皿を完成させることはなかった。
「翔、君のライバルって……。」
「浩司。中学まで一緒に料理部やってて、でも事故で……。」
「彼の味を再現しようとして、君の味がわからなくなったんだね。」
「悔しいんです。あいつの最後のレシピ、完成させたかったのに……。」
「じゃあ、完成させよう。君の手で。彼の料理じゃなく、“ふたりの味”として。」
数日後、料理部の公開試食会。
翔が用意したのは、「再現」ではなく「再構成」された一皿。
香ばしい鶏肉のローストに、コク深い赤ワインソース。
「これは、俺と浩司、ふたりのレシピを合わせた一皿です。今の僕だから作れる味です。」
その味には、確かにふたりの記憶と、翔の現在が混ざり合っていた。
試食会のあと、翔は俺に笑いながら言った。
「ありがとう、加瀬先輩。やっと、スランプを抜けた気がします。」
「その皿に、彼が宿ってたよ。きっと。」
加瀬透、高校生。
今回は、“再現できない未練”を、共に歩んだ記憶で昇華させる物語だった。
誰かを想う味は、記憶だけじゃなく――今ここに生きている。
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