第26話「揺れる想い、ふたりの距離」
昼下がりの校舎裏。陽だまりの中で、レイナと詩が静かに向かい合っていた。
どちらから話し始めるでもなく、張りつめた沈黙が風の音に紛れる。
「あなた、最近……透くんとよく一緒にいるわね。」
先に口を開いたのはレイナだった。
その声音は穏やかでありながら、どこか鋭さを含んでいる。
詩は視線を逸らさずに答える。
「それは……あなたもでしょう?」
ふたりの間に、目には見えない線が引かれていた。
「私は……ずっと彼を見ていた。夢の中の、あの崖の上でも。彼が私を救ってくれた。だからこそ……。」
「だからって、あなたのだけの透くんじゃないよ。」
詩の言葉には、柔らかくも芯のある強さがあった。
「私だって、透くんに救われた。ピアノも、自分自身も。」
レイナは少し目を伏せた。
「……あなたの演奏、聴いたわ。あれは、本当に心を動かす音だった。」
「ありがとう。あなたの言葉も、嬉しい。でも、だからこそ……負けたくないって思った。」
静かな火花が散るようなやりとり。
だがそこには、互いへの敬意と、透への真摯な想いが確かにあった。
「彼が、誰を選ぶのかは分からない。けれど……選ばれなくても、私は彼を信じ続ける。」
「私も。だって、あの人は……自分のことより、他人の未練を背負ってまで助けようとするんだから。」
詩がふっと笑った。
「……ほんと、不器用な人だよね。」
「でも、そこが好きなのよ。」
同時に漏れた言葉に、ふたりは一瞬だけ目を見合わせた。
そして、わずかに肩の力を抜いて笑った。
「ライバルって、言えるのかしらね、これ。」
「少なくとも、仲間ではあるよ。」
その瞬間、微風が吹き抜ける。
同じ人を想いながら、互いに尊重し合う――そんな不思議な関係が、今、そこにあった。
ふたりはそのまま、校舎裏のベンチに並んで腰を下ろした。
しばらくの沈黙のあと、詩がぽつりと口を開く。
「ねえ、レイナさん。……前世の記憶って、全部が良いものばかりじゃないよね。」
「そうね。私の場合、夢の中で“死んでしまった”記憶もあるもの。怖くて、逃げたくなった時もあった。」
「私も。ピアノを弾けなくなったのは……あの記憶が、ずっと胸に突き刺さってたから。」
「でも、それでも透くんは、私たちに“向き合わせて”くれた。」
「そうだね……あの人は、誰よりも人の気持ちに寄り添う。だからこそ、誰かひとりを選ぶことが、きっと難しいんだ。」
レイナは静かに頷いた。
「私たちが彼に惹かれるのも……当然かもしれないわね。」
ふたりの間に、わずかな笑みがこぼれる。
「この気持ち、いつか彼に伝えられたら……って思う?」
「思う。でもそれは、今じゃない。私たちがそれぞれの未練を越えて、本当の“今”を生きられるようになってから……。」
「うん、それまで……ちゃんと隣にいたいな。」
夕陽が差し込み、ふたりの影を長く伸ばしていく。
その影は、寄り添うように揺れていた。
加瀬透、高校生。
知らず知らずのうちに、俺はふたりの想いを引き寄せていたのかもしれない。
でもその想いが、誰かの背中を押す力になるのなら。
それもまた、俺の役目なのかもしれないと思う。
感想、レビュー、ブクマ、評価、待ってます!




