第25話「失くした約束」
春の風が吹く校庭で、小柄な少女が一心に空を見上げていた。
その瞳には、何かを探すような焦燥が宿っている。
「兄ちゃん、約束……覚えてる?」
呟く声は風にかき消される。
少女の名前は、早瀬こより(はやせ こより)。
1年生で、元気な印象の反面、時折遠くを見るような表情をする不思議な子だった。
「透先輩って、夢、見たりします?」
ある日、こよりが突然そんなことを聞いてきた。
「……見るよ。君も?」
「はい、ずっと同じ夢。森の中で、兄ちゃんとおままごとしてるんです。」
「それって……楽しい夢?」
「楽しいです。でも最後、兄ちゃんがすごく謝って……消えちゃうんです。」
彼女の指先が、制服の裾をきゅっと握りしめた。
「“また一緒に暮らそう”って、あの時、言ってくれたのに。」
夢の中で交わされた約束。それが、彼女の中でずっと“叶わなかった記憶”として残っている。
「その兄ちゃんって、どんな人?」
「優しくて、ちょっとどんくさくて、でも……すごくあったかい人でした。」
「それ、もしかして……本当にいた人かもしれないね。」
その夜、俺は夢を見た。
かつての山里。木造の古びた小屋。
中で、小さな女の子と青年が並んで鍋を囲んでいた。
「大人になったら、もう一回、ここに来ような。」
「うん! ずっとふたりで一緒にいようね!」
だが次の場面では、家の前に炎があがっていた。
青年が背を向け、女の子を抱きしめる。
「ごめん……守れなくて、ごめん……。」
その背中が、焼けるように遠ざかっていく。
小屋が炎に包まれ、空が赤く染まった。
「兄ちゃん……!」
少女の叫びが、夢の中で何度も響いた。
翌朝、こよりを呼び出した。
「夢、変わらず見てる?」
「……うん。でももう、兄ちゃんの顔が思い出せないの。」
俺は懐から、一枚の古い紙片を取り出した。
夢の中で焼け残った、たった一枚の約束の証。
“こよりと またいっしょに ごはんをたべる”
「これ……見覚え、ある?」
彼女は震えながら頷いた。
「兄ちゃん、やっぱり……本当にいたんだ……。」
「君が、約束を覚えてたからだよ。」
こよりはその紙片を大切そうに胸に抱いた。
「叶えたい。もう一度……兄ちゃんとごはんを食べたい。」
数日後。
家庭科室で、こよりは一心に鍋をかき混ぜていた。
レシピは、昔の夢で兄と作った“野菜ごった煮”。
じゃがいも、人参、玉ねぎ、少し焦げた肉。
「失敗してもいいから、同じ味がいいな。」
透けるような笑顔で彼女は言った。
「兄ちゃんに、匂いだけでも届けたいなぁ。」
俺はふと、風の流れを感じた。
その瞬間、窓の外の風鈴が鳴り、春の匂いが吹き込んだ。
「……ありがとう、こより。」
誰かの声が、確かにそこにあった。
彼女の目から、一筋の涙が流れた。
「うん……わたしこそ、ありがとう……兄ちゃん。」
加瀬透、高校生。
約束を果たせなかった魂に、再び“待つ喜び”を。
その笑顔は、きっともう一度出会える未来へと繋がっていく。
それが今日の俺の仕事だった。
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