第24話「忘れられた初恋」
「好き、って……言えなかったんだ。」
夢の中、雪の降る広場で、少年が呟いた。
少女は赤いマフラーを巻いて、かじかんだ手をぎゅっと握っている。
「じゃあ、次に会えたら……ちゃんと言ってよ。」
それが、前世の最後の記憶だった。
「ねえ透くん、3年の吉岡先輩って知ってる?」
放課後、真白が話しかけてきた。
「うん、図書委員の、静かな人でしょ?」
「うん、その人が最近、夢の中で誰かを探してるって。」
“誰かを探す夢”――それは、未練の兆候だ。
俺は放課後、図書室を訪れた。
静かな午後の光の中、本棚の影に彼女はいた。
「吉岡先輩、少し話してもいいですか?」
「……加瀬くん、だったよね。どうして私に?」
「夢を、見てませんか? 誰かに……言えなかったことがある夢。」
彼女の手が、そっと本から離れた。
「――うん。ずっと、言えなかったの。『好き』って。」
「その人の顔、覚えてますか?」
「……ううん。声と、後ろ姿だけ。でも、すごくあったかくて……。」
言葉を詰まらせる彼女の手が、小さく震えていた。
「その人も、きっと……君を探してる。」
その夜、俺は夢を見た。
広場の隅、赤いマフラーの少女が、少年に手紙を渡そうとしている。
けれど雪が舞い、時間は迫る。
「また、会えるよね?」
「うん、きっと。」
ふたりは手を繋ぎかけて、でも最後まで繋げなかった。
その記憶は、吉岡先輩の未練だ。
少年の顔を見た瞬間、俺は気づいた。
彼は、2年の春田 陸だった。
翌日、俺は偶然を装って、陸に話しかけた。
「2年の春田 陸くん、だよね。」
「え、ああ……そうだけど。」
「夢、見てない? 赤いマフラーの子が出てくるやつ。」
陸は目を見開いた。
「どうしてそれを……。」
「その子、今も君のことを想ってるよ。」
「俺……いつも夢の中で、何か言おうとしてるんだけど、言えないまま目が覚めるんだ。」
「言葉にできなかった気持ちが、まだそこにあるんだよ。」
陸の目に、迷いと希望が混じった光が灯る。
「……会いたい。その子に。」
図書室、放課後。
俺はふたりを引き合わせた。
最初、ぎこちなかった。
吉岡先輩は本を抱きしめたまま、顔を伏せていた。
陸は何かを言いかけて、何度も飲み込んでいた。
「君が、あの時……何か言いかけてた気がして。」
陸が小さな声で言う。
「うん……言いたかった。でも、怖かったの。」
「俺も。ちゃんと、伝えたかった。」
ふたりの手が、机の上でそっと近づく。
「……言ってもいい?」
「うん」
「好き、だった。あの時も、今も。」
吉岡先輩の目に、涙がにじむ。
「ありがとう。やっと、届いた。」
ふたりは静かに、微笑み合っていた。
過去の約束が、ようやく果たされた瞬間だった。
「透くん、ありがとう。」
帰り道、吉岡先輩が言った。
「私はずっと、自分が後悔を抱えて生きていくんだと思ってた。でも、伝えられるって……こんなに幸せなことなんだね。」
「伝えたくても伝えられないこと、誰にでもある。でも、今の君が、それを選んだから届いたんだよ。」
「……加瀬くんって、ほんと、不思議な人ね。」
俺は苦笑しながら、彼女を見送った。
加瀬透、高校生。
伝えられなかった言葉は、時を超えて、ようやく届く。
今日の俺の仕事は――初恋の続きを、今に繋ぐことだった。
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