第17話「僕はまだ、思い出せない」
夢が、途切れた。
燃える屋敷でもなければ、海の中でもなく、誰かの手を握る場面でもなかった。
ただ、真っ白な空間に、誰かが立っていた。
顔は見えない。声も聞こえない。
でも、その背中は、どこか――懐かしい。
「……また、お前か。」
寝ぼけた頭で呟いて、俺はゆっくりと体を起こした。
夢の依頼人たちが次々現れ、前世の恋や未練に向き合ってきたけど――
俺自身の“夢”は、いつもこれだ。
白い部屋。誰かの背中。名前も、感情も、何も思い出せない。
「また、何か見たの?」
レイナが、教室の窓辺に寄ってきた。
金色の髪を揺らしながら、相変わらずの姫ムーブで俺の机に手をついてくる。
「ふむ、今日は少し疲れて見えるな。……私が癒してやろうか?」
「……肩叩きでもしてくれるの?」
「そういう意味じゃないっ!」
怒っているのか照れているのか分からない表情で、彼女はぷいとそっぽを向く。
「本当に、君はどうしてそんなに察しが悪いのだ。」
「多分、それも前世からの癖なんだろうね。……思い出せないけど。」
「……」
レイナの顔から笑みが消えた。
彼女は俺の“夢”のことを、誰よりも気にしてくれている。
でも、それが“自分に関係あるかもしれない”と思っているのか、ただの好意なのか――
俺には、わからない。
「加瀬くんって、なんで他人の前世ばっかり視るんだろうね?」
昼休み、真白がそう尋ねてきた。
「不公平じゃない? 自分の記憶が一番ぼやけてるなんて。」
「うん、俺もそう思ってる。でも、誰かの夢を見るとき、
“あの背中”が少しずつ近づいてる気がするんだ。」
「誰の背中?」
「わかんない。ただ……俺がずっと追いかけてる気がして。」
真白は黙って俺を見ていたが、ふっと笑って言った。
「……なら、ちゃんと追い続けてよ。私たちの前世ばっかり見てないで。」
「……ありがとう。」
不思議だ。誰かに“ありがとう”を言いたくなるほど、心が揺れたのは久しぶりだった。
その夜、再び夢を見た。
やっぱり、白い空間。誰もいない。
いや、いる。
ひとり、女の子が立っていた。
こちらを見て、微笑んだような気がする。
でも、名前が出てこない。
顔もすぐに霞んでしまう。
「俺は、……誰だったんだ?」
呟いても、答えは返ってこなかった。
次の日の朝。
レイナがいつものように、俺の教室にやってきた。
「透、朝食は食べたのか? 睡眠は足りているか? 水分は?」
「保護者か君は……。」
「保護者じゃなくて、将来の……っ!」
「ん?」
「……なんでもないっ!」
レイナはふいっと顔をそらし、そのまま席に戻っていった。
俺は笑いながら、ペンを握った。
加瀬透、高校生。
他人の未練を拾って歩く日々の中で、
俺自身の“誰かへの想い”も、少しずつ輪郭を持ち始めている。
まだ見えない。けど、きっと――
思い出せる日が来る。
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