第16話「ハーレムなどというものは」
夢の中、男は高らかに宣言していた。
「わが人生、愛と欲望に満ちていた! だが、まだ……まだ足りぬ!」
玉座の上、まばゆい衣装に身を包み、周囲には美女たちがずらりと並んでいた。
「生まれ変わったら、次こそは真のハーレムを築いてみせるぞぉぉぉ!」
その絶叫が、夢の終わりを告げた。
「……ああ、最っ高にどうでもいい……。」
俺――加瀬透は、目覚めた布団の中でうんざりしていた。
こんな“未練”もあるのか、と。
「やっぱり来たか……。」
その日、クラスで騒がれていたのは1年生の上条 陽向。
天然、爽やか、笑顔がやたら眩しい系男子。
それだけなら普通だが、問題は――女子人気が異常に高い。
「上条くーん、お弁当一緒に食べよ!」
「陽向くん、今日もハンカチ貸して~。」
どこへ行っても誰かに好かれ、告白の噂が絶えない。
しかも、本人にまったく自覚がない。
「えっ、みんな優しいよね? なんか、助けてくれるっていうか。」
「……自覚ゼロかよ。」
こいつだ。間違いない。
前世で“ハーレム王”になりそこねた男の転生者。
けれど現代では――それを“願って”はいない。ただ“巻き込まれている”。
それが、逆に困っているらしい。
「最近、なんかみんなの視線が痛くてさ。変に期待されてる感じ?」
「……好きな人はいないの?」
「うーん……いるっちゃいるけど……誰にも言ってない。変に期待されそうで。」
その目だけは、素直だった。
どうやら陽向の中には、前世の“欲望”とは別に、本当に誰かを想う気持ちがあるようだ。
俺は、そろそろ“夢の真実”を伝えるべきだと判断した。
「君、前世でハーレム願望爆発させて死んでるよ。」
「えっ?」
「“次こそは真のハーレムを!”って叫びながら。」
「……マジで?」
「うん。で、今その影響で女子からモテまくってる。たぶん、無意識の“呼び寄せ体質”。」
陽向は数秒固まったあと、爆笑した。
「うわ、俺、前世アホすぎる……!」
「で、どうする? 未練、叶えちゃう?」
笑っていた陽向は、ふと真剣な顔になった。
「……やめとく。俺、あんまり“誰にでも好かれる”のって、怖いんだよね。
好きな子に“ちゃんと好きだ”って伝えられたら、それでいい。」
その言葉に、前世の男が見たら泣きそうだな、と思いつつ、
俺は少し笑って頷いた。
数日後、陽向がある女子にこっそり告白していたのを見かけた。
相手は、美術部の眼鏡っ子で、クラスでも目立たないタイプ。
だけど、彼女の前で陽向は、どこよりも自然だった。
――それが、本当に“選んだ”恋なのだと、俺は思った。
加瀬透、高校生。
今回は、“叶えないことで昇華された未練”の物語でした。
“欲望”ではなく、“選択”を手に入れた彼に、前世の拍手を――。
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