第14話「その背中に吹く風をもう一度」
夢の中、少女は獣の背に乗っていた。
鬣は風を裂き、空を駆けるような疾走。
遠くに海が見える。陽は赤く沈み、空気は熱を帯びている。
「もうすぐ、君とお別れだね……。」
彼女が囁くと、獣は静かに鼻を鳴らした。
「でも、また会える。だから私は、また走れるようになる。」
目覚めたとき、俺――加瀬透は、心臓が高鳴っているのを感じた。
あれは“別れ”の夢だった。
それでも彼女は、再会を信じていた。
「犬とか猫とか、ちょっと……苦手で……。」
翌朝、保健室で偶然会ったのは、1年生の桐沢 天音。
落ち着いた雰囲気の美少女だが、小動物に囲まれて逃げ腰になっていた。
「動物はね、なぜか私に近寄ってくるんだけど……私、怖いの。撫でられないし、触れない。」
「それって、小さい頃から?」
「……わからない。ただ、時々夢を見るの。
――大きな獣と一緒に、山を駆けてる夢。」
「その獣、名前を呼ばれてなかった?」
「“レグルス”って。……不思議だよね、そんな名前、聞いたことないのに。」
俺は、ぞくりとした。
“レグルス”は夢の中でもう一度見た名前だ。
あの獣、彼女の相棒で、最期に別れた存在だった。
「君は、彼にまた会いたいと思う?」
「あの獣に? ……うん、なんか、ずっと“再会”を信じてた気がする。」
「だったら、探してみない?」
「探すって……何を?」
「“今のレグルス”を」
彼女の手に触れたその瞬間、夢の続きが流れ込んできた。
草原で息絶えるように横たわるレグルス。
その耳元で、少女――天音が囁く。
「来世で、もう一度会おう。人間としてでも、獣としてでも、必ず――。」
その日、動物保護センターに“やたら人懐こい大きな雑種犬”が保護されたと聞き、俺は天音を連れて見に行った。
部屋に入った瞬間、あの犬は飛びつきそうな勢いで天音に近づいた。
「ひっ……!」
でも、天音は目を見開いたまま、その動きを止めなかった。
「……あなた、もしかして……。」
犬は鼻先を彼女の手に寄せ、そっと頭を預けた。
それを見て、天音は初めて、震えながら手を伸ばした。
「……レグルス?」
犬は静かに尻尾を振った。
それから天音は、毎週末その犬に会いに行った。
最初は距離があった。
でも、日を追うごとに、触れ方が柔らかくなり、笑顔が自然になっていった。
「私ね、怖かったんだ。
――大切なものを、また失うのが。」
「……うん。」
「でも、あなたは今もここにいて、
また“触れてもいい”って、言ってくれた気がした。」
その言葉を聞いて、犬――いや、レグルスは嬉しそうに鼻を鳴らした。
俺の目には、それが“おかえり”って聞こえた。
数週間後、天音はレグルスを正式に引き取った。
「私たち、前みたいに走るよ。また一緒に風を感じるの。」
その笑顔は、夢の中で見た少女と同じだった。
加瀬透、高校生。
今回は――“別れを乗り越えた再会”を、ちょっとだけ手伝いました。
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