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第12話「アップルパイは君のために」

夢の中、王子はぷんすか怒っていた。


「なぜっ! わたくしのお願いが、通らぬのだ!」


その手には、半分しか焼けていないアップルパイ。

部屋の隅で、若い侍女がくすくす笑っている。


「陛下が自分でお作りになるなんて、そりゃ無理ですわ。」


「む、無理ではない! わたくしは、わたくしは……!」


夢が終わる瞬間、王子はこう叫んだ。


「婚約者に……届けたかったのに……!」


目覚めた加瀬透は、寝ぼけた頭で呟いた。


「……こんな未練も、あるんだな……。」




「透くん、聞いて聞いて!」


教室に飛び込んできたのは、いつも明るい隣のクラスの浅倉あさくら 朱音あかね


笑顔と声がデフォルトで最大ボリューム、何を話しててもとにかく楽しそうな子だ。


「この前ね、夢の中でめっちゃ変な王子様に会ったの!」


「変な?」


「うん、金髪で王冠乗っけてて、『焼けてないぃぃ!』って泣いててさ!」


俺の脳裏に、あの夢が蘇った。


「もしかして……パイ、作ろうとしてた?」


「そうそう! アップルパイ! なんか“好きな子に渡す”って叫んでたけど……渡せてなかったみたい。」


間違いない。彼女はあの王子の転生者だ。


しかも記憶は断片的ながら、本人の性格が前世と大して変わっていないという……。




「でもさ、透くん。夢から覚めても気になっちゃって。」


「気になる?」


「渡せなかったんだよ、その子に。しかも私、彼女の顔、ぜんっぜん思い出せないの!」


俺は少し悩んだ。


王子の“婚約者”が誰だったのかは、夢の中でも姿が見えなかった。


でも、たった一つだけ記憶がある。


“屋敷の厨房で、見習いの侍女が焼いていた、完璧なアップルパイ”


あの香り、あの照れ笑い。

――そうか、あの子だったのか。




俺は放課後、購買前の列でパンを選ぶある女子に声をかけた。


「ごめん、もしかして、お菓子作るの得意?」


「え? ……うん、まぁ……。」


そこにいたのは、1年生の中嶋ひより。地味で大人しく、でも目だけはまっすぐな子だ。


「昔、夢の中で“王子に焼いてほしい”って言われたことない?」


「――っ! ある。あるけど、ずっと誰のことか分からなくて……。」


「今、その王子が目の前にいるよ。ちょっとうるさいけど。」


そう言って、俺は笑った。




数日後、家庭科室。


朱音とひより、そして俺の3人は、アップルパイ作りに挑んでいた。


「わたくしは、こう見えて料理王国代表ですからね!」


「材料の計量ミスってる王国代表がどこにいんのよ……。」


「わーん! ひよりちゃん助けてー!」


ふたりのやりとりが、なんだか微笑ましかった。


オーブンの中で焼き上がっていくパイ。


香ばしいバターとシナモンの香りが部屋に満ちる。


そして――


「できた……!」


ひよりの手で仕上げられたパイは、見事な焼き色で、形も完璧だった。


「うわっ、ほんとに……すごい!」


朱音が興奮気味にそのパイを抱きしめる。


「これだ! これが俺が……じゃなくて、“あの王子”が渡したかったやつ!」


「ふふ、じゃあ、ちゃんと渡さなきゃね。」


そう言って、ひよりが少しだけ目を伏せた。


朱音は真剣な顔でそのパイを差し出した。


「君のパイが、ずっと大好きだった。ありがとう。今でも――変わらずに。」


ひよりは黙って、でもほんの少しだけ頬を赤くして、頷いた。




加瀬透、高校生。


今回は――“未練のアップルパイ”を届けるだけの、ささやかな仕事だった。


でも、その甘い香りは、確かに前世と今を繋いでいた。

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