第11話「選ばれなかった影、愛された真実」
夢の中、戦火の夜。
崩れ落ちる屋敷の前、男がひとり、膝をついていた。
「……間に合わなかった……。」
その手には、小さな銀の指輪。
唇は名前を呼ぼうと震えながら、ついに言葉にならず――
それが、ルイス・グラナートの最後だった。
数えきれない恋をして、
誰にも本気にならなかったと言われた男。
でも、彼は確かに誰かを愛していた。
その想いを、誰にも伝えられないまま、終わった。
「加瀬くん。私……“あの人”に、選ばれてないって分かってるの。」
そう言ったのは、1年下の演劇部の後輩、椎名 澪だった。
小柄で目立たず、いつも本を読んでいる彼女が、突然俺に話しかけてきたのは放課後の階段だった。
「最近、変な夢を見てて……私、お城の奥で刺繍してるの。あの人のシャツに名前を縫い付けてるの。」
「“あの人”って、どんなやつ?」
「……軽くて、いつも誰かに微笑んでて、でもたまに窓の外を寂しそうに見てる人。名前は分からない。だけど、私、その人に恋してたの。」
それは間違いなく、ルイスだった。
でも、彼女の記憶の中では、ルイスは自分を“好きだ”なんて一度も言ってくれなかったという。
「私はただの……通りすがりだったの。毎日、洗濯物を届けるだけの侍女で……。」
「それでも、君は彼に、何かを残したのかもしれない。」
俺は夢の続きを見た。
あの銀の指輪。
裏には、小さく刺繍された文字があった。
“M”
彼女の名前――澪(Mio)の頭文字。
「彼は最後、君を思ってた。……たぶん、他の誰よりも、静かに、深く。」
「……でも、言ってくれなかった。」
「言えなかったんだろ。誰にも期待されない恋をしたんだ、あの人も。」
俺は、ルイスの夢を視るたびに思っていた。
彼は女たちに言い寄られることで、自分の価値を測っていた。
でも、最後に気づいてしまった。
“本当に好きになってしまった人には、言葉が出てこない”ってことに。
「君の夢の中で、何度も彼のシャツに名前を縫ってたって言ってたよね?」
澪は小さく頷いた。
「“何か残したかった”って思ってたの。……忘れられてもいいから、どこかに私の存在を。」
それが、指輪の裏に刻まれていた。
「ちゃんと、届いてたんだよ。」
澪はその場にしゃがみこんで、両手で顔を覆った。
「……うれしい、のかな。なんか、苦しい。」
それは、報われなかった想いが、静かに報われたときの涙だった。
それから澪は少しずつ演劇部で台詞を読むようになり、
ある日、舞台の上でこう言った。
「たとえ言葉にされなくても、誰かが私を想っていてくれたことが、きっと……私を生かしてくれたのだと思います。」
客席の一番後ろで、俺はうなずいた。
加瀬透、高校二年。
“誰にも知られなかった恋”が、ようやく誰かに届いた瞬間を、俺は今日、見届けた。
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