第10話「名前を呼べなかった僕たちは」
燃える屋敷の中、少年は柱の影に潜んでいた。
彼は震える手で、胸元の金のペンダントを握りしめていた。
「……あの子を、置いていけるわけないだろ……!」
炎に照らされたその顔は幼く、けれど決意に満ちていた。
目覚めた瞬間、俺――加瀬透は確信していた。
あの夢に出てきた少年こそが、霧島灯の叫びの相手だ。
「また、あなたに……!」
あの言葉が、あの少年に向けられていたのなら、彼の正体を突き止めれば――
灯の物語も、少しは進む。
「なぁ、野間って知ってる?」
次の日、俺は親友の武田に聞いた。
「野間俊? ああ、図書委員の? あいつ、静かだけどいいやつだよ。女子からは“消えそうで消えない地味男子”って言われてるらしいけど。」
「“図書委員”……。」
灯がよく入り浸ってる図書室とつながった。
俺は昼休みに図書室を覗いてみた。
案の定、灯が一人で窓辺に座っていた。そして――
その向かい側には、眼鏡をかけた痩せ型の男子が静かに本を読んでいた。
野間俊。
無意識に観察する。
口数は少なく、気配も薄い。
でも、時折灯の方を見て、本を差し出す。
言葉はなくても、そこに何か“気遣い”のようなものがあった。
灯がその本を受け取り、表紙を撫でながら微笑んだ。
「……ありがとう。」
「……別に。」
短いやり取り。でも、それが妙に、馴染んで見えた。
まるで、“何度も繰り返してきたような会話”。
俺の中で、ピースがつながっていく。
その晩、夢は再び俺を連れ戻した。
燃えさかる屋敷、崩れる天井、逃げる使用人たち。
少年――野間の前世――は、すでに安全圏にいた。
でも彼は、振り返った。
「灯様を……! 灯様を迎えにいかなきゃ!」
だがその足は、火の壁に阻まれて届かず――
「っくそ……俺は、間に合わなかった……!」
目覚めた俺の手は、ベッドの端を握りしめていた。
灯が叫んだ「お願い、また、あなたに……!」は、
あの少年の「迎えに行く」という約束に対する、祈りのような言葉だった。
次の日、俺は灯に尋ねた。
「ねぇ、野間くんって、どう思う?」
灯は少し驚いた顔をしたが、すぐに表情を和らげた。
「静かな人。けど、本を選んでくれるの。私が好きそうなやつ。なんで分かるんだろうって、いつも不思議に思ってた。」
「……それ、たぶん前世の記憶の“痕跡”だよ。」
「痕跡?」
「彼ね、夢の中で君の名前を叫んでたよ。“灯様”って。」
灯の目が揺れた。
「ほんとに……?」
「うん。迎えに行こうとして、間に合わなかった。だから君が“またあなたに”って言ったんだと思う。彼にとっては、ずっと果たせなかった約束だったんだ。」
灯は静かに立ち上がった。
「――私、もう一度話してくる。」
放課後の図書室。
灯はいつものように、野間の向かいに座る。
本を一冊受け取ったあと、ふと彼に言った。
「私ね、最近“夢”を見るの。……燃える屋敷で、あなたを呼んでる夢。」
野間の指先が止まった。
「……俺も、同じ夢を見てるよ。」
言葉が空気を切る。
「君が逃げ遅れて……俺が助けに行こうとして……でも、怖くて、間に合わなかった。」
「それでも、来てくれようとしたのね。」
「うん。……だから、今ここに君がいるのが、俺には信じられない。」
灯は笑った。
「じゃあ、今度は間に合ったってことね。」
「……ああ。」
その瞬間、図書室の窓から差し込んだ夕陽が、二人の影をひとつに重ねた。
俺はそっと図書室を後にした。
加瀬透、高校生。今日の夢の案件は――
“間に合わなかった約束”を、ひとつ、未来へ繋ぎました。
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