表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/14

第10話「名前を呼べなかった僕たちは」

燃える屋敷の中、少年は柱の影に潜んでいた。


彼は震える手で、胸元の金のペンダントを握りしめていた。


「……あの子を、置いていけるわけないだろ……!」


炎に照らされたその顔は幼く、けれど決意に満ちていた。


目覚めた瞬間、俺――加瀬透は確信していた。


あの夢に出てきた少年こそが、霧島灯の叫びの相手だ。


「また、あなたに……!」


あの言葉が、あの少年に向けられていたのなら、彼の正体を突き止めれば――


灯の物語も、少しは進む。




「なぁ、野間って知ってる?」


次の日、俺は親友の武田に聞いた。


野間俊のま しゅん? ああ、図書委員の? あいつ、静かだけどいいやつだよ。女子からは“消えそうで消えない地味男子”って言われてるらしいけど。」


「“図書委員”……。」


灯がよく入り浸ってる図書室とつながった。


俺は昼休みに図書室を覗いてみた。


案の定、灯が一人で窓辺に座っていた。そして――


その向かい側には、眼鏡をかけた痩せ型の男子が静かに本を読んでいた。


野間俊。


無意識に観察する。


口数は少なく、気配も薄い。

でも、時折灯の方を見て、本を差し出す。

言葉はなくても、そこに何か“気遣い”のようなものがあった。


灯がその本を受け取り、表紙を撫でながら微笑んだ。


「……ありがとう。」


「……別に。」


短いやり取り。でも、それが妙に、馴染んで見えた。


まるで、“何度も繰り返してきたような会話”。


俺の中で、ピースがつながっていく。




その晩、夢は再び俺を連れ戻した。


燃えさかる屋敷、崩れる天井、逃げる使用人たち。


少年――野間の前世――は、すでに安全圏にいた。


でも彼は、振り返った。


「灯様を……! 灯様を迎えにいかなきゃ!」


だがその足は、火の壁に阻まれて届かず――


「っくそ……俺は、間に合わなかった……!」


目覚めた俺の手は、ベッドの端を握りしめていた。


灯が叫んだ「お願い、また、あなたに……!」は、

あの少年の「迎えに行く」という約束に対する、祈りのような言葉だった。




次の日、俺は灯に尋ねた。


「ねぇ、野間くんって、どう思う?」


灯は少し驚いた顔をしたが、すぐに表情を和らげた。


「静かな人。けど、本を選んでくれるの。私が好きそうなやつ。なんで分かるんだろうって、いつも不思議に思ってた。」


「……それ、たぶん前世の記憶の“痕跡”だよ。」


「痕跡?」


「彼ね、夢の中で君の名前を叫んでたよ。“灯様”って。」


灯の目が揺れた。


「ほんとに……?」


「うん。迎えに行こうとして、間に合わなかった。だから君が“またあなたに”って言ったんだと思う。彼にとっては、ずっと果たせなかった約束だったんだ。」


灯は静かに立ち上がった。


「――私、もう一度話してくる。」




放課後の図書室。


灯はいつものように、野間の向かいに座る。


本を一冊受け取ったあと、ふと彼に言った。


「私ね、最近“夢”を見るの。……燃える屋敷で、あなたを呼んでる夢。」


野間の指先が止まった。


「……俺も、同じ夢を見てるよ。」


言葉が空気を切る。


「君が逃げ遅れて……俺が助けに行こうとして……でも、怖くて、間に合わなかった。」


「それでも、来てくれようとしたのね。」


「うん。……だから、今ここに君がいるのが、俺には信じられない。」


灯は笑った。


「じゃあ、今度は間に合ったってことね。」


「……ああ。」


その瞬間、図書室の窓から差し込んだ夕陽が、二人の影をひとつに重ねた。


俺はそっと図書室を後にした。


加瀬透、高校生。今日の夢の案件は――


“間に合わなかった約束”を、ひとつ、未来へ繋ぎました。

感想、レビュー、ブクマ、評価、待ってます!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ