第1話「夢に見た彼女は、今を生きている」
「前世? はは、占いってのは娯楽だろ?」
そう言って笑い飛ばしたのは、占い師を両親に持つ俺――加瀬透。高校二年、地味目男子。自称・常識人。
でも最近、その“常識”が怪しくなってきた。
なぜなら、ここ数日、奇妙な夢ばかり見ているのだ。
夢の中の俺は――どう見ても女の子。しかも、ドレスの裾を翻しながら白馬に乗ってるような、完璧な“お姫様”。
「……いやいやいや。夢、だろ? 俺、現実世界でちゃんと男してるし。」
そうやって笑って済ませようとしたのに、その夢が、どんどん現実味を帯びてくる。
ある夜、夢の中でお姫様は海辺の崖の上に立っていた。波しぶきが岩を打ち、風がドレスをなぶる。
「お前が……ここにいなければ……!」
誰かの怒号、鋭い刃の光――そして、お姫様は海に落ちた。
その瞬間、俺は飛び起きた。胸が痛い。冷や汗が止まらなかった。
「なんだよこれ……本当にただの夢か?」
心がざわつくまま、俺はネットで調べてみた。「夢の中」「お姫様」「落命」「海」「転生」……キーワードを組み合わせ、何時間も検索を繰り返す。
すると、一つの史実にたどり着いた。
「レイナ・セリア・アステリア。百年前、アステリア公国の姫君。若くして亡くなった……死因は“海への転落”。」
背筋がぞわりとした。
――夢と一致している。
さらにその肖像画を見て、俺の心臓は一瞬止まったかと思った。
夢の中のあの顔。あの瞳。あの髪。……間違いない。
「なんで……?」
そんな混乱の中、現実はあっさりと、その“夢”を現実に引き寄せてくる。
新学期初日、転校生がやってきた。
彼女の名は、星野レイナ。
スラリとした体躯に、プラチナブロンドの長い髪。透き通るような白い肌。瞳の色は、かすかに紫がかった灰色。
教室が静まり返る中、彼女は一言、「よろしくお願いします」とだけ告げて、淡々と席についた。
――俺は見た。
夢の中で、断崖に立っていた“レイナ姫”の姿を。
「あれ……まさか、同一人物……!?」
混乱のままに迎えた翌週。今日はプール授業の日。
夢の中の姫が“海で死ぬ”というビジョンが、頭から離れない。
「落ち着け俺。これは現実だ。水泳授業中に溺れるなんて――。」
その瞬間、プールの反対側から悲鳴が上がった。
「誰か!レイナさんが!」
心が、真っ白になった。気づけば俺は水に飛び込んでいた。
レイナは、深い場所で足を攣って動けなくなっていた。俺は必死に彼女の腕を引き、プールサイドへと引き上げる。
「……大丈夫か!?しっかりしろ!」
彼女はゴホゴホと咳き込みながら、俺を見上げた。
その瞳に、確かに“記憶”の色がよぎった。
「……あなたは……。」
その声はかすれながらも、どこか懐かしさと、戸惑いと、そして救済のような何かを含んでいた。
そして、そのまましばらく目を離さず、ぽつりと、呟いた。
「どうして……夢と同じ、なの……あなたも……見ているの?」
その瞬間、俺は確信した。
彼女も夢を見ている。俺と同じ夢を――同じ過去を、記憶の奥に抱えている。
その日の放課後、彼女はそっと俺の袖をつかんで言った。
「……ありがとう、助けてくれて。すごく怖かった。でも、あなたが来てくれて……安心したの。」
その声は微かに震えていたが、目はまっすぐ俺を見ていた。
「また、話せる? いろいろ……聞きたいの。」
その微笑は、夢の中では見たことのない、今この現実の彼女だけが浮かべる、柔らかくて真っ直ぐなものだった。
――この日、彼女の心に、確かに俺は“何か”を残したのだと思う。
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