3-14. 試験
翌朝の早朝練習に出てみると、みんなの能力がさらに大きく上昇していた。
昨日の午後、魔法に特化した練習をしているうちに、しっかり武技特化で鍛錬をしていた彼らに大きく水を開けられていたのだ。
彼らのような本物の戦いの天才たちが本気になって鍛えているのだ。それはもうとんでもなく強くなるのは目に見えている。
そもそも俺はそんなに強いわけじゃない。魔力による自己強化で無理やりなんとかやりくりしているだけだ。学園に入る前はマコちゃんと一緒に走ることも出来なかったし、剣術だって適当で、週に一度しか道場に通っていなかった。
それに今の俺は戦う強さというより、高速でレベルを上げたり、獲物を瞬間移動で送る方法を持っていたりするから重宝されているという面が強い。魔力による常時回復があるからなんとか強敵に立ち向かえているけれど、そうでなければ腰を抜かして逃げ出すだろうしね。
でも追いかけないわけにもいかない。
みんなの状態から見て、謎運動をまったく行わないのは良くない気がする。何も長時間の鍛錬が必要なわけじゃない。超加速すれば数分だけでいいのだ。そしてさらに自分の限界を押し上げ、今まで以上に自由に跳び回り、超高速で剣を振り続ける。
「かなり追いついてきたと思ったのに、一瞬でまた離されるのかよ。」
「ああもう、腹立つ! この豚、どうしてくれよう。」
「ここまで行けるのか。それならさらにその上を目指すのみ。」
「謎豚。」
仲間たちが何か言っているみたいだけど、超高速状態だと声がまったく聞き取れないんだ。ごめんね。
午後の授業は妖術の試験だ。
え? 試験? どういうこと?
「それでは課題を作成し、できた者から提出しにくるようにの。それでは試験開始じゃ。」
課題って? え? 何それ?
ひたすらノートを取る係に徹していた俺は、今日試験があることも、その試験の内容もまったく記憶になかった。いつそんな話があったのだろうか。
先輩たちから授業が始まる前に返してもらったノートを開いてみる。
『来週試験、課題は自分独自の魔法陣作成、資料等の参照は一切許可。』
うん、ちゃんと書いてあった。
試験当日になるまで返してもらえないのはわかりきっていたんだから、ノートに書いても意味がなかった。
さて困った、自分独自の魔法陣と言われても、何を作って良いのかわからないぞ。ノートの中の先輩たちの質疑応答の所を見れば、何をどうすればどうなるのかは理解できる。
でもそれは先輩たちが選んだ題材の場合についてだけだし、先輩と同じ題材だと自分独自ということじゃ無くなってしまう。
何を作るかなんてことは、そもそも試験までに決めておくべきもので、試験が始まってから考えることじゃない気がする。だいたいからして、魔法陣ってどうやって作るんだ? 今からノートを読めば理解できるのだろうか。
だめだ、落ち着くんだ、まずは超加速だ。
ふう、これで時間に余裕ができるはず。まずはノートを読んでみよう。それから何が作れそうなのかを考えるのだ。
………………。
だめだ、まったくわからん。
書かれた文章を言葉として理解できるものの、内容がさっぱり理解できない。さあどうしよう、俺の試験はここで終わってしまうのか?
もう一度だ。もう一度挑戦するんだ。俺は理論のノートと質疑応答のノートを繰り返して二回読んだ。
………………。
………………。
ふむふむ。そういうことか。
まったくわからん。
ただ一つだけ、今回の試験の手掛かりになる内容が見つかった。
『間違った魔法陣に魔力を流すと焦げ出し、さらに強い魔力を流すと燃える。』
つまりだ、適当な魔法陣を書いて、それを燃焼の魔法陣だと言い張ればいいのではないか!?
俺は紙に適当に丸や三角を描いて、それに魔力を流してみることにした。
ぶわっ!
一瞬で燃えて塵になってしまった。
これだと良くないな、焦げるぐらいにしておかないと、燃えてなくなってしまったらおそらく採点してもらえないし、何も証拠が残らなくなってしまう。
それではどうしたら燃えなくなるのか? それは既に経験したことがある。流す魔力を制御して小さくすればいいのだ。
丸や三角を描いては燃やす、そんな過酷な挑戦が始まった。
何枚もの紙を塵に変えた後、俺は丸や三角を描いた紙を微妙に焦がせるような魔力調整ができるようになった。気づいたらスバルやイスズ、他の生徒たちもみんな試験に合格しており、残すは俺だけになっている。
大丈夫、あとはこれを提出するだけだ。
しかしそれだけでいいのだろうか? ちょっと何かが弱い気がするぞ。
そう、ただ焦がすだけでは面白くない。なぜ焦がすのか、そこに適当な理由をでっちあげて、それらしく装飾するのだ。
そこで一つ思いついた。丸や三角を描いた紙が焦げるなら、そこにもう一枚紙を重ねておけばその紙も一緒に焦げるはずだ。紙と紙の間に何かを挟んでおけば、その何かの形が焦げ跡になって紙に写るんじゃないだろうか。
適当な紙に大きく字を書いて、丸や三角の紙と何も書いていない紙の間に挟み、その上で焦がしてみる。お? なんだか薄っすらと字の形で焦げ跡が残っているぞ?
これこそが俺の最初に作った魔法陣、文字を転写する魔法陣の完成だ!
揚々とミツフサ先生に提出しに行ったのだけれど、俺の最初の魔法陣はまったく理解してもらえなかった。
「これは何かね?」
「焦げる魔法陣です。」
俺は胸を張ってこたえる。こういう時は自信満々な態度を取ったほうが良い。
「これで魔法陣と言えるかね?」
「はい、自信作です!」
そんな気持ちはこれっぽっちもないけれど、それは表に出してはいけないのだ。
「試してみて貰えるかの?」
「はい! わかりました!」
俺は魔法陣と字を書いた紙、そして白紙の三枚を重ねて魔力を流す。
よし、うまく薄っすらと文字の形の焦げ跡ができたぞ!
「ふむ、確かに焦げ跡が残っているのう、だがそれが何なのじゃ?」
「文字が写るんですよ? すごくないですか?」
ミツフサ先生の目が光った。まずいぞ、少々お怒りになっているかも知れない。
「大した事とは思えんが。貴君の授業態度はいたって真面目、ノートもしっかりとって他の生徒たちの模範を示して居ると思っておったのじゃが、何かの間違いだったのかのう。」
うわ、完全否定だ。やっぱり駄目だったか。
仕方ない、やるだけのことはやった。
「先生、少しよろしいですか!」
その時、後ろの方から三年生の先輩の声が上がった。
「スズキ・フタバか。よろしい、聞こう。」
「彼は少々言葉足らずですが、その強い思いが私には理解できます。」
その三年生の先輩によれば、俺はミツフサ先生のノートを簡単に書籍にするため、新しい印刷技術を開発することに決めたそうだ。
今の印刷では活版や木掘りの版を作らなければならず、そのため大変な時間と労力が必要になる。しかし手書きの紙がそのまま複製できるようになれば、そのような手間は不要となり、今よりはるかに簡単に、有益な書物を安く大量に印刷できるようになる。
俺の今回の魔法陣は稚拙な内容だったかも知れないけれど、その偉大なる一歩となるもので、それだけの思いを込めたものだったのだ。
あれがそんな素晴らしい物だったとは。俺もたった今まで知らなかったぞ。
「この魔法陣は魔法陣としての体を成しておらん。未完成どころか、このまま完成するとも思えん。しかし文字を写し取るという目的は、確かに果たしておるということか。」
再度、ミツフサ先生の目が光る。
「よし、ホソカワ・エイタ、君を合格としよう。ただし妖術の技量はまだまだ足りぬ。これからも精進を続けるように。」
「はい! ありがとうございます!」
俺は他の先輩や同学年の仲間たちとともに、妖術の初級に合格し、中級に進むことになった。
合格を貰った後、先輩たちからも多くの声を掛けられた。
「超速筆記の大家が落第したらどうしようかと思ったわ。」
「印刷とはさすが、すごいところに目をつけたわね。でも難しすぎない?」
「これは当代妖術専攻の全員の課題になり得ると思う。」
「グループ課題にするのね? 賛成よ!」
気が付いたときには、印刷術の開発は俺だけでなくスバルやイスズも含めた、この授業を選択しているグループ全員での課題となっており、ミツフサ先生もそれを了承し、優しい笑みを浮かべていたのだった。
みんなノートを写すのが面倒だから賛成したと思うけど、完成は当分先だから、ノート写しからは逃れられないと思うんだけど、大丈夫かな?




