3-12. 真の力
翌日の早朝練習でのこと。イスズの様子がなんだかおかしい。
いつもと違って口数も少なく、何かを考え込んでいるような感じを受ける。
準備体操と柔軟体操の後、俺とマコちゃんは練習場を周回して走り込みをするので、みんなから離れることになる。でも気になってイスズの方を見ていると、いつもなら他の仲間と謎運動を始めるところを、いつまでたっても動き出そうとしない。
放っておいて走り始めても良いといえば良いんだけれど、なぜかそうもいかない、そんな気がした。
「イスズ、どうしたの? 体調悪い?」
そう声を掛けてみたものの、返ってきたのは生返事だけ。いったいどうしたのだろう? 次の声をどうかけるべきか考えていると、イスズが突然その場で跳びあがった。
びゅんっ!
ばきっ!
どごんっ……
そして、練習場の結界の天井にすごい勢いで頭をぶつけて落下し、そのまま地面に叩きつけられてしまった。
鎧を着ているから大怪我はしていないと思うけど、かなり高いところまで跳びあがっていたし、とても痛そうだ。いったい何やってんのよ……。
大丈夫? 手助けは必要?
イスズは鼻血を流しながら自分で立ち上がり、そしておもむろに言い放った。
「謎はすべて解けたわ!」
いや、あなたの行動が謎なんですけど?
俺が固まっている間に、イスズの怪我はアキコが回復し、鼻血はハルコが浄化していた。眼鏡が壊れて傾いているけど、それは神聖魔法では修理できないんだ。ごめんね。
「みんな良いかしら? ちょっと説明したいの。」
「鼻血について?」
「違うわよ! レベルと強さについてよ。」
違ったか。そういう話なら興味がある。他の仲間もそのようで、イスズの前に集まってきた。いったいどんな話なんだろう、みんなちょっと不安げだ。
「レベルの差が強さの違いになる、これは常識よね?」
「ああ、それはその通りだ。間違いない。」
「そうね、ユウジの言う通りだわ。」
レベル十とレベル十四なら四レベル差、レベル二十とレベル二十四でも四レベル差、この二つの組み合わせはレベルが大きく異なるけれど、強さの違いは同じくらいになる、これが常識だ。
「これは言い換えると、レベルが一つ上がると、一定の割合で強くなるってことなの。で、寮の子にも手伝って貰っていろいろ実験したら、レベルが四つ上がると能力がだいたい二倍になるっていう結果になったのね。」
四レベル差で二倍か。たしかに体感としてもおかしな感じはしないな。
「レベルが無い人と比べると、レベル十だと五倍半、レベル二十だと三十二倍ね。」
「ふうん、レベルが上がっても、強さはそんなものなんだね。」
言われてみるとその通りだ。やはり体感どおり、あんまりおかしな感じではない。
「そして魔法騎士のレベル三十になると百八十倍。さらに私たちと同じ、レベル六十五になると七万八千倍になる計算ね。計算自体はこれで間違いないわよ?」
なん……だと?
そんなに違うのか? 体感ではそこまで強い気はまったくしないぞ?
「何人かに試してもらったんだけど、レベルがない子が真上に跳ぶと、だいたい二十から三十センチほど跳びあがることが出来る。」
「そんなもんだったかなぁ?」
「よく覚えてないよ。」
俺の場合はそれ以下だったように思う。自己強化ありだと同じくらいは行けたかも知れないが。
「そこから計算すると、レベル十なら一メートル半を越えるわね。レベル二十なら十メートル弱は跳べるかしら。」
「結構跳べるものなのね。」
「学園の校舎が十メートルぐらいだからね? かなりの高さよ?」
まだイスズが何を言いたいのかわからないが、そのぐらいは跳べてもおかしくないか。いや、ちょっと跳びすぎな気がする。
「レベル三十なら五十四メートル。そしてレベル六十五なら二万三千メートルになる。これってフジ山六つ分の高さね。」
「え? なんだって?」
突然、なんだか想像もつかないような、とんでもないものが出てきたぞ。
見たことはないけれど、フジ山ってこの国で一番デカい山のことだよな? それって山をかるがる跳び越えられるってこと? ほんとに?
「フジ山六つ分よ。」
「ちょっと待て! フジ山の高さをどうやって測った? 定規か?」
「そうじゃなくて、三角形を使うのよ。」
「そうか、三角定規か!」
何を言っているんだ、スケヨシ。巻き尺で測ったに決まっているじゃないか。
「速さになるとまた違ってきて、レベル六十五だと二百八十倍になる。」
レベルなしで百メートル走るのに十五秒と考えると、レベル六十五なら二十八キロ走るのに十五秒ということなる。つまり王都までの五百キロ、歩いて二週間程度のところを、俺たちが回復魔法を掛けながら走れば五分もかからず到着する計算になるそうだ。
待て、それって超加速状態とあんまり変わらないんじゃないか?
いやそんなことはないか? ちゃんと距離と時間を測ったことはないのでわからない。これは実際にやってみた方が良いかも知れないぞ。
それだけじゃない。上手く行けばみんなも超加速なしでトノサマ級の妖獣と戦えるようになるかも知れない。それにトノサマ自体も超加速していたのではなく、ただそんな潜在意識が無かっただけのことなのかも知れないのだ。
「剣や槍の速さって、十分の一秒くらいで二メートルほどかしらね。」
「細かくはわからないけど、そのぐらいの気がするね。」
「だとすると、レベル三十三ぐらいで音の速さを超え始める。これが槍や剣が爆発する原因よ。」
「おいおい、それは身に覚えがあるぞ?」
「やっぱり本当だってことか。」
つまり王都まで走って五分も、フジ山六つ分も、何かの間違いではないってことになる。ちょっとにわかには信じがたい。
「ボルボなら、槍を投げたら二十メートルぐらいは狙えたかしら?」
「三十メートルぐらいは当てられたかな。」
「それなら今に置き換えると八キロね。」
「そんなに飛ばせるはずが……」
八キロ先に槍を投げるだって? スバルの弓でも届くかどうかわからないぞ?
「そう、それが鍵なの。私も含めてみんな、間違った常識に縛られていて、それが勝手に制限になっているのね。」
制限? どういうことだ?
「表面魔力で気づかない間に制限をかけているってこと?」
「おそらくその通り。」
まったく体感はできないけれど、イスズが言うのだからそうなのだろう。
「その常識の壁を取り除けば、それだけで私たちはもっととんでもなく強くなるわ。」
「謎運動は役に立たないってこと?」
「いいえ。謎運動で制御できるようにならないと、戦う事なんてできないし、普段の生活も無理でしょ?」
そりゃそうだ。そもそも謎運動はそのために始めたものだしね。
「私が言いたいのは、しっかり制御すること。ただし能力の上限は常識よりもはるかに高いので、その制限は取り除くことよ。」
「それはどうやって?」
「なんとなくの感覚ではなく、理性の力で。」
表面魔力が俺たちの間違った常識による感覚に合わせて、力を無駄に押さえつけているということになる。だから間違った感覚の方を計算に合わせて無理やり書き換えることで、押さえつける力を緩和しよう、そういう話だ。
実験の誤差もあるし、前提条件が間違っていることもある。それにレベル帯によっていろいろ違っていることもあり得る。だから絶対にこの通りになるとは言い切れない。
それに実際には風の影響があったり足がすべったりするので、計算が合っていたとしても計算通りにはいかないそうだけれど、そのぐらいの力があると信じこんで動くことで、無意識な制限は無くせるに違いない。
たとえ計算が間違っていても構わないのだ。新しい数値を『常識』と思い込むことで、表面魔力ができるだけその通りになるように、自動的に調整しようとしてくれるのだから。
イスズはその後、さらにいろいろな例を挙げて本来の限界がどのあたりにあるのかを説明してくれた。
これは大変なことになるぞ。
とても覚えきれないので、紙にまとめてもらって良いですか?
結論から言えば、その日の朝の練習だけで、俺たちの能力は劇的に伸びた。
俺やマコちゃんがイスズ理論をもとに表面魔力の動きを観察したところ、たしかに思っていたよりもはるかに強い力で押さえつけられていることが感じられたのだ。
気が付かないうちに自分で押さえつけ、力を制限していたのがはっきりした。これが大きかった。
実際の限界はわからない。しかし自分の心の力で限界を超える、それが重要だ。そしてそれが真実なのだ。




