2-35. 結界魔法の鍛錬
個人練習では、みんなと別れてしばらくぶりに時空術の貸し切り練習室に来ていた。
超加速での素振りが非常に効果的なのは、実際にやってみてよくわかった。それなら魔法の練習にだって絶大な効果があるはずだ。
今日、俺が練習したいのは結界魔法だ。
鎧を着ていなければ、たとえ魔法騎士であっても騎士に後れをとることはあるし、団長のオッサンにぶった切られたように、鎧を着ていたとしても危険なことはあるのだ。
結界魔法を今より上手く使うことができれば、もっと安全になるし、その分だけ自由に、そして積極的に動けるようになるはずだ。
いつもの自己強化、自己回復に加えて、飛行、そして超加速の魔力循環を行う。飛行魔法は必要というわけではなく、練習用のおまけだ。
回復魔法は呪文を唱えて発動する呪術だが、それを魔力循環で利用することが可能なのは、いままでやって来た通りだ。そしてその逆に、魔力循環で利用する自己強化魔法を、強化魔法として、まるで呪術のように他人に使うことができることもわかっている。
それならば、回復魔法と同じく、呪文で発動する結界魔法も、魔力循環で実現できるのではないか。そう考えたのだ。また結界魔法に慣れ親しめば、強化魔法も結界魔法と同じように、長時間持続させることができるようになるかも知れない。
まずは普通に丸い、お椀をひっくり返したような結界を張るところからだ。地面に円を描いて、それを丸くなるように上に伸ばして閉じる。お? 超加速でも普通に出来るぞ?
<それ何? それ何?>
「えっと、結界魔法かな。」
<結界? それ何?>
「危ない物を通さない壁を作る魔法だよ。」
<壁かぁ~、へえ~~。カッコいい?>
そんなネタ、どこで覚えてきたのよ……。
そんなことより、俺の中にいるルードラも一緒に超加速されているっぽいな。
結界魔法は、筆で地面に円や四角形などを描いて、それを上に伸ばして閉じるようにして発動させる。描いてから伸ばすので、どうしても発動までに時間がかかってしまうのが難点だ。正確には地面の下にも伸ばすのだけれど、丈夫な結界を張るとき以外はあまり意識しない部分だ。
最初に描く絵を非常に細い四角形にすると、非常に薄い結界ができあがる。まるで地面から壁が生えるようなものだ。これを盾のように使う事を考えたことがあったが、伸ばす時間があるので瞬時に出すことができず、断念したことがある。
超加速状態で違和感なく普通にできるということは、円を描いたり伸ばしたりするのも超加速状態になっているということだ。つまり高速で目の前に壁を生み出すことが出来る。これはすぐにでも使えそうだ、ちょっと練習しておこうか。
魔力循環との組み合わせは少し横に置いて、まずは結界魔法の高速化に取り組んでみよう。結界を一瞬で張れるなら、常時展開ほどではなくても非常に役に立つはずだ。
まずは円を描くところだけれど、筆で絵を描く感じなので、どうしても結界が大きくなればなるほど時間がかかってしまう。ならば筆の大きさを変えれば、描くのが速くなるのではないか。目の前に細長い四角を描くのではなく、最初から細長い四角の筆を使えば、描く必要がないわけだ。
まず筆の大きさを変えることに集中する。細筆だったものを太筆にする感じだ。かなり苦労したものの、なんとか筆の大きさを変えることができるようになった。
<つまんなーい!>
「まだ実験の実験みたいなものだからね。」
そりゃ、つまらないだろう。
ちょっと疲れたし、ルードラも飽きたようなので、この辺りで一度休憩しよう。
みんなが個人練習している武技の方の貸し切り練習場に飛んでみると、マコちゃん以外の八人は謎運動に励んでいるようだ。彼らからすると、まだ休憩するほどの時間は経っていないようなので、軽く挨拶だけしてお弁当を確保する。
超加速で大盛り弁当を二つ食べ、お手洗いも済ませる。超加速状態で休憩して、それが休憩になっているのかどうかよくわからないけど、気分的には休んだ気になるので、まあいいとしよう。
一度筆の形が変えられるようになれば、それを伸ばしたり大きくしたりするのは、魔力でごり押しするだけの簡単な作業だ。俺はすぐに分厚い壁結界を立てることができるようになった。
筆で点を打つだけだから、円や四角を描くよりも断然速い。また筆の部分には中まで結界が詰まっているようで、普通の結界とは比べ物にならないぐらい丈夫なものになった。
筆の大きさや形が変えられるなら、筆をL字型やコの字型にもできる。もしも筆をロの字型にできれば、いきなり円や四角で物を囲めるのではないか。これもやってみるとそれほど難しくない。
魔法としては難しくはないけれど、頭の中で複雑な絵を描いておくのが難しいので、大きい四角や小さい四角、自分を中心、狙った場所を中心など、いくつかの組み合わせで練習する。
しばしの休憩の後、次に挑戦するのは太さだけではなく、高さのある筆だ。これができれば上に伸ばすことも必要なくなって、本当に一瞬で結界が生み出せるはずだ。
やってみるとこれがかなり難しい。しかし何度か休憩を挟んで練習した結果、なんとか身長の二倍程度の高さ筆を生み出すことが出来るようになった。これで壁結界だけでなく、箱型の筆を使って一瞬にして結界で覆うことも可能なのだ。
いや、ちょっと待て、これ、地面が結界の形に抉れてないか?
何となくそういうものかと思い、あまり気にしていなかったのだけれど、太筆や四角い筆で描いたところは、地面が掘り返されたような跡が残っている。これは普通の結界ではできないものだ。
これってもしかして……呪術用の的を用意して、その上半分に箱型結界を張ってみる。
スパッ!
ああ、やっぱり! 的の上半分はすっぱりと切断されて箱型結界の中で倒れている。
「結構すっぱり行くなぁ。」
<切れちゃった! すぱっ!>
練習を眺めるのに飽きて、独りで俺の魔力循環に流される遊びをしていたルードラが、愉快そうに切断された的の周りを飛び回り始めた。
<すぱっ! すぱっ!>
「すぱって切れちゃったね。」
どのくらいの威力があるのかわからないが、これはとても危険だ。結界で守ろうとして、逆に真っ二つにしてしまう恐れがある。切れ味が低いなら問題ないが、おそらくそんなことはないだろう、そんな手ごたえがあった。
「あとは体の周りに張るだけだと思ったのになぁ。」
<体ごと、すぱっ!>
それは違うからね?
防御用の結界としては時と場所を選ぶけれど、使えないわけではない。多分格上には通用しない気がするが、攻撃手段としても使えそうだ。ちょっと練習して、午後にダンジョンで実際に試してみよう。
<すぱっ! すぱっ!>
ルードラは魔力でスパッと物が切れることが楽しいらく、的を切るのに合わせて楽しそうに声をかけている。ほら、危ないから的の近くに行っちゃだめだってば。
「これは危ないから、人がいるところではやっちゃダメなやつだからね?」
<はーい! すぱっ! すぱっ!>
口ですぱって言っているうちは問題ないけれど、本当に危ないからね、やっちゃだめだからね!
常時結界については、別の方法が見つかった。表面魔力を結界風に使えばいいのだ。これならうまくいきそうだけれど、魔力循環よりもかなり難易度が高そうだし、しっかり練習して、使いこなせるようにしよう。




