2-18. 流血沙汰
※ かなり残酷な表現があります。ご注意ください。
どうすんのよ、これ……。
帰ろうかな。帰りたくなってきた。うん帰ろう。
オッサン? 無視しよう。うん、無視だ。見なかったことだ。
「俺、ちょっと用事を思い出しちゃったんで帰るけど、みんなはどうする?」
みんなの方に振り返って、出来るだけ明るい声でそう言ってみた。だって用事を思い出しちゃったんだもん、帰るしかないでしょ?
「キサマーーッ! この私を愚弄するのかっ!」
オッサンの槍が頭のすぐ右を掠めるようにして飛び出してくる。うわー、このオッサン実槍で突いてきたよ? 真剣だよ? 危ないよ?
というか、ちょっと掠ったよ? 回復魔法の循環ですぐ直ったけど、一瞬ちょっとだけ怪我したよ? これはもう脅迫を越えたでしょ。とても相手にしていられない。
「賊が出てきて危ないから、僕はこれで帰る。なんだか不穏だからみんなも帰ったほうが良いよ?」
振り返るのも面倒だ。帰るんだから、刀は預けなくていいよね。
「このデブガキが! 私の目の黒いうち……っ?」
ザシュッ!
俺は差し添えの短い方の刀を抜いて、そのまま振り向きざまにオッサンに斬りつけた。
オッサンの首が飛ぶ。
載せる物が無くなったオッサンの首の跡から、大量の血液がザバザバと噴水のように吹き上がった。
毎日の半回転、そして一回転の謎運動のおかげで、思っていたのと近い軌道で刀を振り抜けた。この距離ならさすがに外さない。
「ああもう、びしょ濡れになっちゃったよ……。」
刀に浄化を掛けてから納刀する。みんなの顔をみると、なんだか真っ青になっているぞ。うわ、何か怖い事でもあった? みんな大丈夫?
「……、エイタ、どうするんだよ、それ……。」
えっと? 盗賊の死体? このまま放っておくよ。妖精さんが片付けてくれるんじゃない?
「帰るって言ったら襲って来たんだよ? 名乗りもせずに攻撃してくるんだよ? 間違いなく盗賊だよね。それなら魔法騎士として仕留めないといけないでしょ。」
「領主さまの所でこんなことして、ただじゃ……。」
「本当にその通りだよ。まさかこんなところに盗賊が入り込んでるなんて。そりゃあただで済ませるわけがない。生かしたまま帰すわけにはいかない。」
「……いや、まあ、ああそうか、仕方ないか?」
そうだね。みんなも冷静になってよ、これは仕方ない。冷静に考えて、斬るしかない。
「あのまま盗賊を放置してたら領主さまも危なかったと思うよ! 俺は帰るけど、みんなはどうする?」
「いや、まだ帰らないで欲しいかな。」
建物の奥から男性の声が響いた。大ボスの登場か!?
大ボスについて来いと言われたのだけれど、廊下は血の川になっていたので、しっかり断りを入れてから浄化魔法で綺麗にする。足の裏の汚れもだ。ここで勝手に魔法を使うと、襲おうとしていたなんて濡れ衣を着せられかねないからね。オッサンには血抜きの魔法もかけておいた。
廊下は掃除したけれど俺のローブはそのまま、血まみれのままだ。
「エイタ、領主さまの前なんだから、身綺麗にしたほうがいいよ。」
「いやいや平気、平気。終わったあとで浄化するよ。」
アキコが小声で注意してくれる。
自分のローブは自分で浄化するのが『しきたり』だ。他人のローブを勝手に浄化したり、浄化しろと命令したりするのは、明確な侮辱にあたる。簡単に言えば「お前のせいでこうなった」と領主のオッサンに見せつけているのだ。売られたケンカを買っている、と言ってもいい。
なんで呼び出された上、槍で突かれにゃならんのか。そのことなのだ。
お前の不始末だ、その両目を開いてしっかっりと見ろ。領主のオッサン、俺はそう言っているんだよ?
俺たちは結構立派な感じの部屋に案内された。領主さまの執務室なのかもしれない。俺たちは領主さまの前に座り、お互いに自己紹介と挨拶を交わす。
「今回はとんだことになってしまったね。私は君たちに危害を加えるつもりは全くなかったんだけれど。」
「はっはっは、お気になさらずに。まさかこんな奥にまで盗賊の手が伸びているなんて、誰も思いつかないですよ。」
言葉だけで笑う。あのオッサンはあくまで盗賊扱いだ。お前の手下は盗賊、お前は盗賊の親分、そういう意味だ。
領主さまからお祝いの言葉を貰い、その後は楽しく歓談する予定だったようだけれど、仲間たちの誰もがほとんど何もしゃべろうとしない。
「簡単な歓談のあとで軽い食事でも一緒にどうかと思っていたのだけれど、こうなってしまっては誘うのも難しいか。」
これは各々の気持ち次第だ。そう思って他のみんなの顔を見ると、みな首を横に振っている。
「俺はお呼ばれしたいなぁと思ったんだけど、みんなは遠慮したい派?」
「エ、お、おまっ!」
いやだって、メチャクチャ高級な料理が出てくるかもしれないじゃないの!
俺とアキコ、ハルコの三人を残して、他の仲間たちは帰っていった。晴れの舞台だったはずなのにこんなことになってしまい、少々申し訳ないとは思うけれど、こちらがやらかしたのではくて向こうから仕掛けてきたのだから仕方ない。
「エイタだったね、悪いんだけどその血、なんとかしてくれないかな。気になって仕方なくて。」
「いやあ、本当にお恥ずかしい限りで。それじゃちょっと失礼しますね。」
どう考えても領主の不手際だけれど、これ以上は引っ張らなくてもいいだろう。俺は素直に浄化に応じてやる。
貸し一つだぞ?
「あの不埒者は親戚筋の者でね、普段から素行は良くなかったのだが、このような問題を起こすとは思わなかったよ。」
「うわぁ、そんなところにまで手が及んでいるとは。俺が思っていたよりも大きな盗賊団なのかも知れないですね……。」
領主のオッサンの話によると、あの盗賊は従妹の夫の従弟らしい。なにそれ、ほとんど他人では? ああ、双子の父親の従弟か。あの爺様、ちゃんと手綱、握れてないんじゃないの?
俺たちの案内に行くというので許したところ、このような凶事に及んだそうだ。槍もどこかに隠していたらしい。
「しっかりと調べなおさないといけないね。それはそうと、学園の生活はどう? 何か困ったことは起きてないかな?」
「そうですね……こんなところで言うことではないかもしれないですが。」
「構わないよ? 聞こう。そのための時間だからね。」
それなら全部ここで喋っちゃおうかな。
「魔法騎士を下に見るような騎士が多い印象です。」
「それはどういうことだい?」
「先ほどの賊もそうだったんですけれど、レベル差をひっくり返すほどの腕でもないのに、自分は負けない、むしろ勝っている、みたいな謎の自信を持っているというか……。」
怪我させるかも知れないし、危ないからとこちらが力をかなり抑えているというのに、それは能力が低いからだと勝手に思い込んで、高圧的な態度を取ってくる騎士が少なくないのだ。
生徒たちもそれに感化されているのか、魔法騎士である自分たちに平気で嫌がらせを行い、覗きなどの痴漢行為を行う者たちがおり、学園はそれを効果的に取り締まることが出来ていない。
仲間たちはすでに授業に出席することを諦め、これが続くようならば退学しようという動きにさえなってきている。
そのことを包み欠かさず領主のオッサンに伝えた。
双子たちも、うんうんと首を縦に振っている。
「それは由々しき事態のように思えるね。」
そうだね。まさに由々しき事態だよ。
 




