2-17. 町の支配者
今日は神殿の中に入るので、制服の上から白ローブをまとうことにした。俺たちは神殿の人ではないので、白ローブの着用は必要ではないそうだけれど、これでも一応、神聖魔法の上級治癒師でもあるのだから。
しっかり浄化魔法をかけて、純白になったローブに袖を通す。治癒師の白ローブは自分でしっかり浄化するのが神聖魔法使いの『しきたり』だ。
怪我人の血などで汚れることが多いのだけれど、浄化でいつも清潔な白に保つことでその人の腕前、ひいては格を示すことが出来るし、特に見習いや初級のころならば浄化魔法の良い練習にもなる。めずらしく意味が良くわかる『しきたり』かも知れない。
マコちゃんが迎えに来たので、白ローブの上から剣を吊って玄関を出る。
「あ、ローブなんだ、必要なのかな?」
「いや、要らないって聞いてるけど、白いの持ってるし、なんとなく?」
神殿に帰順します、って意味に見えるかもしれないけれど、君たちの神殿にも、学園にも服従しないよ? って意味でもあるのだ。
マコちゃんと一緒に神殿に向かう。神殿の入り口には既にアキコとハルコが来ていたが、寮生組はまだのようだ。二人は当然のように白ローブ姿なので、マコちゃん一人が浮いているように勘違いしそうになる。
「おはよう、二人とも早いね。」
「おはよう、マコト、エイタ。」
「あれだけ言ったのに。エイタはそのローブを着替えないのね。揉め事の元だよ?」
「頑豚。」
「あれ? エーたんのは何かが違うの?」
「色が違う。」
「え? 同じ白なのに?」
マコちゃんにはよくわかっていないらしい。そりゃそうだろう、俺だって知らなかったし。
俺のローブは学園の購買で買ったものだけれど、どことなく柔らかい感じの白で、俺は気に入っている。母さんの出身の神殿ではこのような柔らかい白が、女神さまの優しさを表しているとして、珍重されていたそうだ。
ここの神殿の人たちが好む白はこれとは違っていて、どことなく青白くて冷たい感じの白だ。そんな白が女神さまの崇高さを表しているそうで、俺の着ている白は下賤の白などと言われて嫌われているのだとか。
まあ、どっちが良いなんてことはなくて、ただの好みの問題というか、昔の偉い人が何を好んだのか、それだけの違いだと思う。
「白の感じがちょっと違うんだってさ。」
「う~ん、良くわからないけど、言われてみるとちょっと違うかも?」
まあ、本当にその程度の違いだ。朝日ではなく、昼間に太陽の下で見るともうちょっとわかりやすいかもしれない。
「絶対誰かが陰で笑うよ。自意識だけは高い連中だから。」
「まだ新しい物だし、無理に買い替える必要もないかな、と思って。」
買い替えるとしても、また購買でこの色を買うけどね。俺の神聖魔法は、初級は学園、中級と上級は母さんのパクリなので、ここの神殿とは直接関係ないのだ。変な風習に従う気はない。
おそらく、下賤な者だとか、田舎出身の芋だとか、そう思われるんだろうけど、こちらからすれば、「おたくの治癒師長さま、その芋にコテンパンにやられたそうですね~げへへへっ」ってなものだ。
口には出さないけどね、やられたら態度には出すかも。
「エーたん……何か悪いこと考えてる気がする。」
「豚陰謀。」
ブタを無理やりくっつけないで!
寮生組もやって来て全員が揃い、さあ行こうかと思ったところで、神殿の中から人の姿が出てくるのが見えた。
三人の、女性、かな? 三人とも脇に薙刀を手挟んでいる。鞘に収められてはいるものの、練習用のものではなくて間違いなく実刀だ。
三人はゆっくり石段を下りながら、こちらに向かってくる。あれ、どこかで見覚えがあるなと思ったら、神聖術で一緒に中級に上がった女子たちだった。
「おはようございます。魔法騎士様方、お迎えに上がりました。」
「へえ~お迎えなんてあるんだ。」
「本来だとちゃんとした大人がつくんだけどね、双子が断っちゃったから。」
「あんな婆が武装して横につくなんて、殺してくれって言ってるようなものでしょ。」
「断固拒否。」
それで彼女たちがわざわざ出張ってくれたのか。特に誰かから頼まれたということではなく、自発的に来てくれたそうだ。それはとても有り難い話だな。
「同代の英雄の初参宮だからね。その直衛につくなんて孫の代まで自慢できるじゃない。」
「案内なしじゃ、まったく格好がつかないもんね。」
「断られたなんて、神殿の恥だよ、恥。」
彼女たちに案内されて、俺たちは神殿の境内に入り、奥へと進んでいく。
うわあ、道が入り組んでいてよくわからなくなってきたぞ、これは一人で帰れって言われたら迷子になるやつだ。
何人かの人たちに出会ったけれど、俺たちを遠巻きにして何かをこそこそと話しているだけで、近寄ってくる人はいない。彼らの表情を見ていれば、あまり歓迎されていないことはわかる。
こっちは来て欲しいって言われたからやって来ただけで、侵入者というわけじゃなくて、どちらかというとお客様みたいなものなんだけどなぁ。
さらに奥に進んでその先、大きな社の前で三人組は足を止めた。この建物が目的地らしい。
「ありがとう、助かったよ。」
「特に不穏な動きがあったわけじゃないけど、あれの後だから気を付けたほうがいいと思う。何かが起こっても不思議ではないし。」
ちょっとそれ、怖いんですけど……
三人組と別れて、大きな社に入ってすぐに、鞘にも入っていない鋭く短い槍を持ったオッサンに通路をふさがれた。
「ここで腰の物を預かる。」
いきなり何かが起こってるし……。
名乗りもしない武装したオッサンの前で武器を捨てろって? 冗談にもほどがあるでしょ。




