2-15. 家族循環
「それじゃあ、着替えたら行くから、お願いね。」
一緒に帰ってきたマコちゃんとは家の前で別れて、俺は一人で家の玄関をくぐった。
「お兄ちゃん、遅い~。」
「ははは、ただいま。」
家に入った途端にキサが抱きついてくる。そろそろ兄離れしてほしいと思うのだけれど、「学園で会えなくなって寂しいんだから、少し構ってあげなさいね。」なんて母さんからも言われているので、もうしばらくは仕方ないだろう。
「ただいま母さん、父さんは仕事?」
「おかえりなさい。そうね、今日は遅番だから。」
父さんは町の警備隊に所属している。警備の仕事は早朝、夕方、深夜の三交代制で、今日は夕方勤務のようだ。
いったん自分の部屋に戻り、着替えにくいからキサを下ろそうとしたのだが、まったく離れようとしない。しかたなく俺はキサをぶら下げたまま制服を着替える。慣れてくれば結構できるようになるものだ。
そのままソファーでキサを抱っこしながら魔力循環していると、着替え終わったマコちゃんがやってきた。最近は鎧姿や制服姿ばかりだったので、私服姿はちょっと新鮮な感じだ。
「こんばんは、お邪魔します。」
「あら、今日はどうしたの? こっちでご飯食べていく?」
「いえ、エーたんに魔力循環してもらう約束で……。」
マコちゃんの家とは両親が親友同士なので普通に行き来が多い。それに彼女の家は道場なので忙しいことが多く、食事を俺の家で一緒にとるのも普通のことだ。なので家にやって来るのも普通のことなので、誰も何も驚かない。ほとんど家族の一員みたいなものだ。
「キサ、ちょっとどいて貰える?」
「やだー!」
「しょうがないなぁ。」
キサがさらに強く抱きついてきて離れようとしないので、仕方なくマコちゃんには横に座ってもらい、その背中に片手をあてた。
「それじゃ、一緒に自分でも循環させてね?」
二人の魔力は異なるし、強さ加減も全くちがうので、同時に魔力循環するのは難しいのだけれど、父さんたちに魔力循環するときにもキサは背中から抱きついてきて魔力循環をねだってくるので、同時循環もしっかり練習しているのだ。俺は出来るデブだからな。
「お兄ちゃん、こっち薄くなった! ちゃんとして!」
あーはいはい。要求が厳しい。
ほんのちょっぴりだけど、キサも一緒に自分で魔力循環するようになってきているし、ちょっとした我儘には応えてあげないとね。
マコちゃんの方はというと、固まっていた魔力の壁には大穴が開いているけれど、まだ周囲に固まりがたくさんこびりついているような状態だ。毎日しっかり魔力循環すれば、これが徐々に溶けていって最後にはなくなるはず。
そんなマコちゃんは、とても気持ちよさそうにしているキサのことが気になるみたいだ。この阿呆のことは気にしなくていいぞ?
「キサちゃん、やっぱり前からだと違うの?」
「ん~、そうやって背中の手からと比べたら、百倍以上は違うかな。まあこんなの、私みたいなプロじゃないと出来ないけどねっ!」
なんのプロだよ、まったく。また適当なことを言って。
「ねえ、エーたん、私も前からじゃダメ?」
「だめでーす。今は私の番でーす。」
「キサちゃん、ずるい~!」
「へへへへ~、ここはもう私の席なのじゃ~。」
もう、君たち、はしゃぐのはやめましょうね。
「ええい、こうなったらっ!」
「ちょっ!」
マコちゃん、横から抱きつくのはちょっと! ちょっとまって!
「あ、これだいぶ違う!」
「でしょでしょ? お主もわかってきたようじゃな?」
マコちゃんは俺に横から抱きつくようにしながら、背中にあった俺の手を器用に掴んで、自分の腰のところに持って行く。
「う~かなり痛みもあるけど、こっちのほうが効く!」
まったくもう、俺はお灸じゃないんだけど……。
そうしてしばらくゆったりと魔力循環を続けていると、マコちゃんの体が突然ピクっと跳ねた。あれ? おかしいな? 痛くはないはずなんだけど?
おかしいと思ってマコちゃんの魔力の動きを注視していると、またピクっと跳ねる。キサめ、さてはマコちゃんに魔力を流しているな?
キサの顔を覗ってみるとクスクス笑っている。このいたずらっ娘め。
俺たち二人の顔を見て、マコちゃんも何が起こっているのかに気づいたらしい。
「もう、キサちゃん! こっちからも、えいっ!」
「へへ~ん、プロにはそんな攻撃は効かないよ~。」
「きゃっ! このぉ~、えいっ! えいっ!」
「ひゃっ! やったな~!」
キャッキャと騒ぎながら、魔力の流しっこ遊びを始める二人。流れ弾が俺の方にも飛んでくる。ほんとにこの娘たちは、まったくもう。
俺は感じたことがないけれど、世間一般の人たちにとって、魔力循環は厳しい修行だと言われている。それをこうして楽しく遊びながらできているのだから、止めるのも野暮だよね。
学園に入ってからというもの、毎日がとても大変だったけれど、こうして童心に戻って遊んでいるマコちゃんの姿に癒されるような思いだ。さっきからずっと、ふにふにと押し付けられるふくよかなものに、俺もまた癒される思いだ。
その後、マコちゃんは結局うちで夕食を取ることになった。断ろうにも、もうちゃんと用意されているんだから、断り切れないよね。
「お風呂も入っていきなさいな。」
「やったー、マコちゃんとお兄ちゃんと、三人で一緒に入る~!」
いやいやそれは、マコちゃんが困っているからやめてあげなさい。
母さんが、あらそれならみんなで一緒に、みたいな顔をしているのを察知して、速攻で止めに入る。
「だめだめ、三人で入れるほど、うちのお風呂は大きくないから。」
「むぅ~、お父さんの稼ぎが悪いから……」
これっ!
俺はキサに軽くデコピンをお見舞い、するのはやめて、ちょんと軽くおでこを突っついた。父さんの稼ぎは悪くないから! むしろ良いから! うちは裕福な方だからね!
「うお~~痛い~痛い~!」
おでこを抱えて悶絶するキサを見て、力加減を間違ったかと思って回復魔法をかけたけれど、まったく怪我はしていなかった。ちょっと焦ったぜ。
「三人でお風呂は無理だけど、みんなで温泉に行くのはいいかもね。ツルギのおっちゃんたちも一緒に。」
ごまかすようにそう提案したら、みんなかなり乗り気だ。
「学園がお休みになってからだから、夏だよね?」
「夏と言えば、山かしら、それとも海かしら。」
海、水着姿のマコちゃんと、砂浜で二人、夕日を見ながら……よし、海だ! 海に行こう!
「夏は山だよね~、キサ、かぶとむしいっぱい捕まえるんだ~!」
山になった。
こうして二家族合同家族旅行が計画されることになる。




