5. 入学式
それから入学式までは、マコちゃんに従ってがんばった。
かなりがんばった。
マコちゃんのぷりんぷりんが網膜に刻み込まれるぐらい頑張った。
その結果、初日と比べて三倍ほど距離を走れるようになった。
赤い服を着て角をつけたい。
彼女は俺がちょっとは瘦せると思っていたみたいだけど、全くそんなことはなく、逆に太く重たくなってしまった。かなりがっかりしていたので、申し訳なく思う。
そんなこんなで入学式を迎えることになったが、その前にマコちゃんと一つ約束したのだ。
「エーたん、これからも毎朝一緒に走ろ?」
ちょっと小首をかしげるその姿を見ると、もう答は『はい』か『イエス』しかなかったのだ。
俺は幸せだからいいのだけれど、ブタにそんなに時間を使ってしまって、マコちゃんは自分の鍛錬は大丈夫なのだろうか。ちょっと心配してしまう。
そして夢にまで見た学園の入学式の日がやってきた。
朝の鍛錬の時とは違う魔法騎士学園の制服に身を包んだマコちゃんや、両親たちと一緒に学園へと向かう。
学園の制服はいわゆるブレザーのような形をしているのだが、一目で魔法騎士学園の生徒だとわかるようなデザインになっている。上は男女で共通で、下は男子がズボン、女子はひだひだの多い、いわゆるプリーツスカートだ。
スカート丈は膝上、それどころか太ももの真ん中より上じゃないかというぐらいで、太ももの上まである靴下との組み合わせになっている。これはいわゆるミニスカ&ニーソってやつだな。
「制服、とっても良く似合ってるね。」
しっかり褒めておく。ぶっちゃけ、マコちゃんのスタイルならば、何を着ても似合うと思うけどね。
入学式は合格発表の掲示板があったその先、中央の広場の向こう側にある大きな講堂で行われるようだ。
「桜がきれいだね。」
「ええ、聞いていた話の通りね。」
「こうしていると学生に戻ったような気がするよ。」
満開の桜が俺たちの入学を歓迎しているかのようだ。
マコちゃんの両親はこの学園の出身なので、思い出深いものもあるのだろう。
しばし足を止めて花を眺める両親たちに合わせて、俺も桜を見上げた。満開の桜が空まで広がり、まるで世界のすべてが桜で埋め尽くされたみたいだ。
おそらく同じ新入生だろう、真新しい制服に身を包んだ生徒たちが、親と思われる大人たちと連れ立って、きょろきょろ辺りを見回したりしながら、桜並木の中を講堂へと流れていく。
俺たちもその流れに従うようにして講堂に向かう。通り過ぎてきたいくつかの校舎のうちのどこかで、俺たちは学ぶことになるんだろう。
講堂に入ると、中は座席がたためるようになった作り付けの木の椅子が並んでいた。上には二階席の部分が張りだしていて、天井からは灯りがぶら下がっている。正面には舞台があって演壇が置かれていた。
入学式自体には特に何も語ることは無かった。たぶん偉いんだろうジジイが出てきて、将来は切磋琢磨で君たちだ~みたいな、ありがたいお話というか、ありきたりなことを言って終わった印象だ。
話の中身は全く覚えていないが、それでも今までできなかったような体験だ。ここから始まるんだ、という気持ちが新たにわいてくるし、この場所にこうして座っていることへの誇りみたいなものも感じる。
俺やマコちゃんの家はすぐ近くなので両親とも出席してもらえたが、結構遠方な子だと家族もおらず、かなり寂しかったんじゃないかなぁ、と思った。
入学式が終わったら、授業内容などの説明会があるということで、学生はクラスに別れて教室に移動するようだ。両親たちとはここでお別れだね。桜を楽しむように帰っていく両親たちを見送り、俺たちは校舎へと向かう。
校舎は木造二階建ての横に長い建物で、それが講堂から左右に広がるようにして中央の広場を囲んでいる。我々一回生の教室は、講堂に向かって左端の二階だ。
学園は一学年八十人、五学年あるので合計四百人の学生が在籍することになる。学年ごとにクラスは二十人づつ、成績の順に甲、乙、丙、丁の四つに分かれていて、一年ごとに成績による入れ替えがあるそうだ。
特別合格の俺と、入試成績上位のマコちゃんは甲組だ。できればずっとこの成績を維持していきたい。
指示されたとおりに自分たちの教室に移動する。
おお? こいつ同じクラスなのか!
入学式が始まる前から気になっていたヤツが同じ教室にいたのだ。これはさっそく挨拶しにいかねばなるまい。
「俺、エイタ、ホソカワ・エイタ。剣と、あと魔法を鍛えようと思ってる。」
ずっと気になっていたそいつは、一瞬きょとんとしたあと、ニカッと笑った。
「俺はボルボ、オニガワラ・ボルボだ。今のところ槍、というか銛だな。俺にいきなり話しかけてくる奴がいるとは、ちょっと驚いたぞ。」
「ボルボってお前、見た目もかなりカッチョイイが、名前もめちゃくちゃカッチョイイな!」
そいつ、ボルボは、メチャクチャ色黒で、筋肉の塊みたいな体つきをしている、いわゆる恵体っていうやつだ。俺は確かに横にデカいが、縦にもかなりデカい。こいつはそんな俺よりも背が高く、その上に筋肉がすごいせいで俺よりはるかにデカく見えるのだ。
「見た目はじいちゃんの遺伝だな。うちのじいちゃん、明かりを消したらどこにいるかわからないぐらい、俺より色黒だぞ?」
「それは会ってみたいな。南国か?それともニンジャかなにかの家柄なのか?」
「南国の海賊だ。」
おお、海賊!
感動した俺が返事するよりも早く、ジャガイモ顔が三つほど割り込んできた。
「海賊とはな、浪漫あふれるぜ。あ、俺はマツダ・ユウジ、剣だ。」
「ホンダ・キイチロウ、俺も剣だ。魔法にも興味がある。」
「トヨダ・スケヨシだ、剣と、あと弓を少々。」
三つとも、びっくりするほどジャガイモだ。
「めちゃくちゃ目立ってるのが二人、いきなり何やら始めたっぽいし、俺たちも入れてよね。」
「ほんと、様子見するなんてバカらしくなったよね。」
「その通りだね。」
服も同じだから、まったく見分けがつかない。もうこの際だから本当のことを言おう。
「三人とも俺と同じく剣か、よろしく。ただ、申し訳ないんだけど顔を覚えるのが苦手で、何回か名前を聞きなおすと思う。アホの子だと思って許して欲しい。」
「心配するなって。俺もお前ら二人以外は多分覚えてない。」
「ははは、俺もだ。」
三人とも笑って許してくれた。