31. 反撃
やっとミキたちのグループの治療が終わり、俺は巨大妖獣と相対している前衛三人の元へとかけより、回復魔法を飛ばした。
見たところ、三人とも大怪我を負った様子はない。少し安心する。
しかしこの巨大妖獣、いったい何と呼べばいいのだろう、俺は後ろで治療しつつ、ずっとそれを考えていたのだ。
「今そんなこと考えている場合じゃ、うわっ!」
俺に異議を唱えようとしたスケヨシ、そのことが彼の隙になったのか、ヨコヅナ(仮称)が彼に猛然と飛び掛かった。
右から、そして左から前足を順番に繰り出し、スケヨシを殴りつけようとするヨコヅナ(仮称)、それを刀で引っ張らい、いなし、後ろに飛び退っては威力を殺していくスケヨシ、そんなスケヨシに回復魔法を連射する俺。
「ヨコヅナ(仮称)のツッパリか!」
「だからそんなことを……!」
スケヨシは壁に詰められないよう、うまく右に回り込むように躱し続ける。そしてスケヨシを殴り続けるヨコヅナ(仮称)は俺の前に脇腹を見せた。
ここだ!
俺は刃をヨコヅナ(仮称)の進む方向の逆側に立てて、自己強化最大で突きを放つ。鋼の刃がヨコヅナ(仮称)の腹をえぐる。
ヨコヅナ(仮称)がその痛みに飛びのいたのと、このまま押し込めば剣を折られると感じた俺が引いたのとは、ほぼ同時だった。
「腹の皮は薄いと思ったんだけどなぁ。」
たしかに薄いのは薄いのだろうけれど、それでも充分に頑丈だ。とはいえ、しっかり態勢を整えて突けば腹なら裂くことが出来るかもしれない。
さらに回り込んでいたボルボの渾身の突きが、飛びのいたヨコヅナ(仮称)に襲い掛かった。しかしこの突きはヨコヅナ(仮称)をかすめただけで避けられてしまった。
足を止めてボルボを睨みつけるヨコヅナ(仮称)。俺はそんな怪物の足元に、土俵のように水色の円を描いた。魔獣用の結界だ。
何かに気づいたのだろう、ヨコヅナ(仮称)はその場所からさらに飛びのいて、結界に捕らわれることを回避する。
「土俵から出たらダメじゃないか。塩でも取りに戻ったのか?」
「あいつの名前はヨコヅナで良いから、その軽口はあとにしてくれ。」
「わかった、一つ貸しな!」
何が貸しなんだか。
どうやら他には反論はなさそうだから、ヨコヅナ(仮称)改めヨコヅナ(正式名称)だな。
「グオオオォォォォォオオオオオッ!」
正式名称となったヨコヅナが天を向いて、地面を震わすような大きな声で威嚇するように吠えた。
吠えるのは初めてか? 今の突きで俺たちを敵と認めたか?
「シッ!」
ヨコヅナの威嚇にまったくひるむことなく、マコちゃんが一足飛びに飛び出して、頭を上げた首目掛けて全力の突きに出た。ヨコヅナはなんとか首を捻ってそれを回避するが、マコちゃんはそれに合わせて刃を返し、首に剣を刻み付けた。
さすが、うまい!
懐に飛び込んでいるマコちゃんを嫌がり、ヨコヅナが前足を上げて叩きのめそうとするが、そうはさせじとスケヨシが牽制に入る。
いいぞ、こいつ本当に上級じゃないのかよ!
後ずさるヨコヅナの真下に水色の土俵を描いてやると、やつは飛びのいて回避した。しかしそこには、
ビシュッ!
そこに待っていたのはボルボ。その一撃は俺が突いたのとは逆、ヤツの左脇腹に突き刺さった。ボルボは無理に押し込まずにそのまま後ろに下がる。
「グルルルルルルゥゥゥゥッ!」
ヨコヅナの両眼に怒りの光が宿った。
三人に俺が加わったことで、多少の怪我なら問題ない、息切れしても復活できる状況になったことから、守り重視の行動から攻め重視の行動に切り替わった。そのおかげでヨコヅナに傷を負わせることができたのだけれど、それはまだほんのかすり傷程度で、致命傷には程遠かった。
それに未だ俺たちはヨコヅナの速度に完全には追いつけていない。
こいつを倒しきるには火力が足りない。
それを悟ったのだろうか、ヨコヅナは残忍な笑顔をうかべながら、再度大きく吠えた。
「スケヨシ、自己強化いけるか?」
ボルボは先ほどから決めるときに使っているのはわかる。マコちゃんはまだ無理。
「やれないことはないけど、死ぬほどきついし、数回が限度だ。」
自己強化で死んだ奴はいないぞ?
「ここぞというときだけだ、やれ。」
「さっきの借り、チャラにしてくれる?」
「無理。」
たしかに強化なしだとスケヨシの剣はヨコヅナには届かないだろう。おそらくヤツもそれはある程度わかってきているようだ。だからこそ、必殺の機会であれば、それは生きてくるのだ。
ぶっちゃけ、生きなくてもいい。ただ奴ほどの相手になれば「必殺技を持っているぞ」という気概を持つだけで、充分に警戒心を抱かせることができるはずだ。それにこいつの剣は『重い』。この剣に自己強化を合わせれば届く、俺はそう感じた。
しかしさらにぶっちゃけると、俺のアテは大いに外れた。スケヨシは、「ここぞ!」どころか、まさに「ここじゃないだろ!」っていうタイミングで自己強化での突きを入れ、大いに失敗して吹き飛ばされてしまったのだ。
これはマズい! 完全に失敗した!
「イスズ! スケヨシの穴をふさいで!」
俺は叫んだ。
「学年最高の頭脳に時間を与えたことを後悔させてやれ!」
俺は叫びつつ、スケヨシの元に走った。
ヤマナ・イスズは完全に自信を喪失していた。あこがれの魔法騎士学園に特別合格し、学年で一番のクラスに配属されたものの、組んだグループでは一人だけ初級合格できず、基礎体術の授業でも一人脱落して、仲間に背負われて運ばれる始末だ。
同じグループの女子を見ても、スバルは特別合格の上、弓術の上級。マコトは剣術の上級で、体力も男子に引けを取らない。アキコとハルコは体力はそこまででもないが、幼いころから神殿で神聖魔法を鍛え上げている。自分はここにいて良い存在ではない。そう思った。思ってしまった。
このまま文字通り、仲間におんぶにだっこの学園生活になる。自分は所詮その程度の存在なのだ。
しかしそれを許さないデブがいた。早朝に一緒に走ったとき、限界を超え、うつろな目をして魔法をかけ続けるデブの顔があった。縋りつくな、死んでも自分の足で走れ、このデブはそう言っているのだ。
しかしそのデブは、この化け物との闘いで前に出ようとしたイスズに「後ろにいろ」という。やはり期待されていないのか? デブの目を見る。「まだだ、今じゃない。」なぜかそう言っているように思えた。
自分に出来ることは何か。自分で自分に問いかける。後衛から化け物を観察する。どのように動くのか。前足を振り上げる時、どこに力が入るのか。跳躍する時、どこに視線を動かすのか。この怪物と自分はどのように対峙するのか。頭の中で何度も何度も試行する。
そして今、デブがイスズを呼んだ。
「任せなさいっ!」
イスズは大きく声を出し、足を踏み出した。
「すまん、焦った。」
俺が走り寄って回復魔法をかけると、スケヨシは落としていた剣を拾ってすぐに立ち上がる。思ったよりも傷は浅く、すでに完治している。
「まだ行けるよな?」
「当然!」
俺はスケヨシにそのまま後衛に入るように頼むと、元の場所に引き返す。
イスズはどうかと目を向けると、薙刀を大きく振るのではなく小さく突くように、それでいて刃が深く入らないよう、あてがうようにして、ヨコヅナの攻撃をうまくいなしている。
非常に繊細で高度な技の冴だ。これで初級のままだというのだから、薙刀の中級になるにはどれだけ高度な技が必要だというのだろう。
しかし反撃に出るにはまだ足りない。焦燥感があふれてくる。
 




