23. 妖術の厳しさ
午後は選択授業の妖術だ。
妖術という名前を聞くと何か怪しい事のように感じるけれど、全くそういうことではい。妖術というのは呪文を唱えるのではなく、呪文を書き記したり魔法陣を描いたりして、それに魔力を流すことで魔法を使う技のことだ。
呪文や魔法陣が描かれた道具に魔力を流すと、その内容に合わせた魔法を誰でも使うことができる。この授業では妖術の道具を使うのではなく、道具を作るのを学ぶことになる。
妖術の道具作りはお金を払って得意な人にやって貰えばそれでいい、妖術を学ぶ時間があるなら、その時間で体を鍛えてレベルを上げたほうが良い。その考えは最もなことだろう。そのため、時空術ほどではないにしろ、妖術はあまり人気がない。
妖術の授業は、甲組では俺、スバル、イスズの三人だけが選択している。他の組も似たり寄ったりの状況らしく、今日の授業には俺たち以外の一回生らしい顔が数名、あと二回生か三回生の先輩が十名ほど見受けられた。なんか男は俺だけのような気がするけど、どうゆうこと?
「みな集まったかの? ワシが初級妖術担当のカガワ・ミツフサじゃ。老体なのであまり無理はさせんように。」
きれいに禿げ上がって、白いひげがふさふさしている、いかにも魔法使いといった風貌の爺さんが、この授業の先生らしい。
「最初にこの授業の絶対の規則を言っておくぞ? 自分で書いた呪文や魔法陣は、魔力を流す前に必ずワシの確認を取ること。それでは授業を始める。」
爺さん先生、黒板に丸やら三角を描きながら、すごい勢いで説明していく。なんだこれ、聞いて理解している暇がまったくない。ノートをとるにも追いつかないぞ。
くそ、厳しい。魔力循環の威力を最大にして、脳みそとノートを取る手の速度を上げるしかない。こんなもん回復がなければ熱を出してぶっ倒れるぞ。
ぺらぺらぺら~、ぺらぺらぺら~ さらさらさら~
しかし、ぺらぺらぺらぺらぺら~ さらさらさら~
つまり、ぺらぺらぺらぺらぺら~ さらさらさら~
よって、ぺらぺらぺら~なのじゃ さらさらさら~
俺はひたすらペラペラしゃべるジジイの言葉を、さらさら書き記すだけの物体になっていく。
まずい、ノートのページが足りない! そう思ったとき、救いの手が現れた。新しいノートが一冊、俺の目の前に突然現れたのだ。
なんだ、何が起こった?
ノートがやって来た方向を見ると、スバルが親指を立てている。あ、こいつ、ノート取るの諦めたな?
ぺらぺらぺら~ さらさらさら~
ぺらぺらぺら~ さらさらさら~
やばいノートが…… またノートが現れた。
ぺらぺらぺら~ さらさらさら~
ぺらぺらぺら~ さらさらさら~
またノートが現れた。
ぺらぺらぺら~ さらさらさら~
ぺらぺらぺら~ さらさらさら~
…………
スバルのノート二冊とイスズのノート三冊を消費したとき、ジジイのペラペラはやっと止まった。
「よし、今日の授業はここまで。次からは実習じゃから、しっかり復習しておくようにの。」
怒涛のような時間が終了すると同時に、俺はまるで気を失うようにして机に突っ伏してしまった。
しばらくして顔を上げると、俺が取ったノートをパラパラめくりながら読んでいる女子生徒たちの姿があった。
「行けそう?」
「ちゃんと読めるわ。字は綺麗とは言えないけれど、あの速度だし、これだけ丁寧に書かれていれば問題ないわね。」
「少しぐらいの誤字なら、授業で修正できるわよね。」
なにが起こっているのかよくわからずに、ぼーっとしていると、上級生であろう女子生徒に名前を聞かれた。
「一回生甲組、ホソカワ・エイタですが……、」
「そっちの二人も一緒ね? 一年甲組、本当によくやったわ。」
先輩はそう言って、俺の頬っぺたを両側からむにむにと引っ張ってくる。
「来週までに二人で一冊、再来週には全員の手に渡るようにしたいわね。」
「私、作業手順の計画を立てるわ。」
「それじゃ私は人員の調整ね。」
「これからしばらくの間、忙しくなるわよ。」
授業が終わってからの方が、みんなやる気になっている気がするけど!!
「えっと、何がどうなってるんですか?」
意味が分からないので、聞くしかない。
カガワ・ミツフサ先生は妖術の世界的権威なのだが、字を書くのが嫌いで、しかも口述もとてつもなく速いので、それを書き留めることは至難の業なのだそうだ。なので名声と比べると論文は非常に少なく、書籍なども出版していない。
妖術の授業では、そんな先生が最初の授業で初級だけでなく、中級、それどころか上級に至るまでの理論を話したのち、次の授業からは最初の授業で語った理論を用いた実習に移るため、最初の授業でほぼ全員が脱落するのが恒例になっているのだ。
それでいて教育には熱心で、落ちこぼれといえど見捨てることはせず、生徒の質問には真摯に回答してくれるのだという。ただその回答が速すぎて、理論がわからない状態ではとても理解できないのだ。
今まで何人もが挑戦しては討ち死にしているこの妖術の授業、過去の戦士たちのノートの断片などが生徒間で共有されているのだが、それだけでは初級合格は非常に難しい。
妖術では資料を見ながら魔法陣を描いてはいけない、などという決まりごとはないうえに、ミツフサ先生の理論の正確性はノートの断片を見るだけで誰にでもわかるほどなので、ノートさえ完成できれば妖術が使いこなせるようになる、といっても過言ではないらしい。
そんな状況だったので、何としてでも食らいついてノートを完成させること、それが無理でもノートの断片の隙間を少しでも埋めることが、今日の授業での最重要の課題だったということだ。
「それなら今日に全員集中するんじゃなくて、昨日と一昨日にも分かれたほうが良かったのでは?」
「それはダメよ。許されないわ。」
数年前にその作戦が実行されて、先生が初日の授業で疲れ切ってしまい、残りの二日間は「自習にするから前の日のノートを写しておくこと」という課題で終わってしまったそうだ。
そのため昨日や一昨日に出席する生徒が出ないように、背後で厳しく調整されていたらしい。そういえば、俺も昨日出ようと思ってたのが今日になったよなぁ。
俺のノートはみんなで手分けして複製されることになるそうだ。先輩に預けておけば万事解決ってことね、それじゃよろしくお願いしま~す。




