2. 合格発表
翌朝、俺は幼馴染のマコちゃんと連れ立って、魔法騎士学園に合格発表の結果を見に出かけた。
魔法騎士学園は家から歩いて数分と、とても近い場所にある。
近くを通ることは多いが、中に入るのは入試の時以来、今日が二回目だ。大きな門が学園の外と中とを隔てている。あらためて見ると、かなり威圧感のある大きな門だ。門のまわりに刻まれた歴史を感じさせる彫刻が、ここが由緒ある場所だと感じさせる。
ひゅーと吹くつむじ風が、俺の丸い頬をぷるんっと震わせた。
二人で一緒に大きな門をくぐる。周囲には俺たちと同い年くらいの男子や女子がグループを作り、または親と思しき大人と連れ立って、同じように正門に向かい、そしてくぐっていく。
掲示板は校内に入って最初の広場に立てられており、すでに多くの人がその前に集まっていた。そんな人々を、そして広場を取り囲む学園の建物を見回す。合格していれば、ここで学ぶことになるのだ。
子供も大人も、周囲のみんなが、多かれ少なかれ緊張した表情をする中、それにまぎれるように、デブなのでできるだけ邪魔にならないように肩をすくめながら、俺は結果発表の掲示板に向かった。
合否を前にして、抱き合って喜びに涙する者たち、そして同じように抱き合って悲しみに涙する者たち。こういうのを悲喜交々と呼ぶのは誤用なんだっけか。そんな人々を横目に見ながら、そんな人々を押しのけたりしないようにゆっくりと掲示板の前に進む。
ドキドキしながら掲示板に並ぶ数字を確認する。
……、二百一、二百四十、二百四十三、二百八十二……、
ない? 俺の番号、二百四十四がない?
二と四四、そして足せば十でブタになるという、まさに俺のために生まれてきたような、魔法の受験番号がないだと?
何度見てもない。やっぱりない。
不合格だ。
マコちゃんの番号は俺の一つ前の二百四十三。うん、ちゃんとある。
マコちゃんは座学の成績も良いし、剣術道場の娘で実技も優れている。彼女が不合格になるのはちょっと考えられない。その数字があるということはつまり、数字がある人が合格だな。
数字がある人が不合格という可能性も考えたんだけど、それは大きな間違いだとわかった。
まさか不合格とはねぇ。目の前が真っ暗になって倒れそうだけど、できるかぎりそれを面に出さず、彼女に「おめでとう!」と言ってあげなければ。男として、幼馴染として、それだけは果たさねばならない。
あたまの中で笑顔の練習をして、呼吸を整えて、こういうときは深呼吸だ、ぶひっ、ぶひっ、ぶひっ。なんか嫌な音になっている気がするぞ。
混乱する俺を慰めるためだろうか、マコちゃんに優しく肩を叩かれた。うん、ほんとにええ娘やのぅ。
「エーたん、エーたん、あそこ見て?」
彼女が指さす掲示板の端っこの方を見ると、そこには、
『特別合格 総合 該当なし、学科 三千二十七、剣技 千五百四十、槍技 該当なし、弓技 百八、魔力 二百四十四……、』
なに? 魔力という枠に俺の番号があるように見える。
幻覚か!? いや、そうじゃないっぽいぞ。
なんじゃこれ? もしかしてこれが噂にきいたことがある、補欠合格ってやつかな。
合格者は書類とかいろいろ受け取る必要があるらしい。俺が合格に含まれているのかどうかはよくわからないが、とりあえずマコちゃんの揺れるポニーテールについていこう。
その後、何がどうなったのかよく覚えていないが、気づいたら家の玄関前まで帰ってきていた。あとで聞いたところ、俺は茫然自失だったようで、マコちゃんに手取り足取り、おんぶにだっこ、すべてお世話になっていたようだ。
玄関の扉を開けるや否や何か物体が飛び出してきて、俺の丸く太い腹のちょっと上、正確にみぞおちに突き刺さるようにぶつかって止まった。
「お兄ちゃん、お帰り! 結果はどうだった? ちゃんと合格してた?」
この頭突きの鋭さ、やっぱりキサか。彼女は二つ下の妹だ。大きくなったんだし痛いからもうちょっと手加減してください。
「ああ、特別合格になってた。」
その意味はよくわかってないが、まあいいだろう。
彼女を抱き上げ、いつものように軽く魔力を循環するように流してやる。この子は俺の魔力循環が大好きなのだ。日向ぼっこしているみたいにポカポカしてきて、とても気持ちが良いらしい。まあちょっとしたコツがあるんだけどね。
気持ちよさげに抱きついてくる妹に魔力循環を続けながら居間に向かい、ソファに座っている父親と母親に帰宅の挨拶と、特別合格になったことを報告する。
この二人、我が両親ながら絵になるね。まさに美男美女だ。その上、二人ともレベル二十を大きく越えた騎士でもある。まさに天に二物を与えられた二人だ。そして妹や弟も二人に似て美形なのだ。
まあ、家族で俺だけがブサイクでデブなわけだが、別に俺が貰われてきた子ってわけじゃない。両親と並ぶとよく似ていると言われるし、部品一つ一つは完全に一致するしね。まさに福笑い失敗なのだ。
「ツルギ君のところのマコトさんはどうだった?」
「ちゃんと問題なく合格してたよ。」
そんな父親の質問に、隣家の幼馴染の顔を思い浮かべながら答えた。
妹を抱っこしたまま、俺は空いているソファにドカッと腰を下ろす。
「そろそろ止めるぞ~。」
「やだー。」
魔力循環をやめようとするが、許してもらえない。
「自分でもできるだろ? お兄ちゃんにもちょっと楽させてよ。」
「やだー。」
魔力循環ぐらい、俺には眠りこけていてもできるので、特に疲れることはないのだが、他人に流し込んでもらうよりも自分で循環させた方が魔力量が増え、魔力操作の腕も上がるので、魔法を使ったときの威力や回数が上がるのだ。魔法騎士を目指すなら小さいうちから慣れるようにした方がいい。
そう言い聞かせるようにしているのだけれど、なかなか自分でやろうとしないんだよね。困ったもんだ。この甘えんぼめ。
「実は特別合格っていうのがよくわからなくて。」
俺は父さんに書類を差し出した。入学手続きなどの書類を渡されたのだから合格はしていると思うのだけれど、特別の意味がまだよくわかっていない。
「んん? 試験科目ごとの特別優秀者のことだろう?」
書類をめくって確認していた父さんが手を止め、ある個所を指さす。そこに説明があるらしい。
「とはいっても、将来優秀になることを保証されたわけじゃないよ。入試の時の成績が偶然よかっただけだと思って、今後も頑張りなさい。」
父さんはガンテツなんて頑固親父のような名前をしているが、まったくそんなことはなく、厳しいところもあるが、基本的にはかなり子供に甘い人だ。そんな父さんが釘をさすということは、俺はかなり浮かれているんだろう。気を付けないと。
父さんは笑顔で「なにはともあれ、おめでとう」と言い残すと、立ち上がって風呂に向かった。そのあとに俺も入ろう。
 




