19. 良い鍛錬方法とは
うわ、やばい、寝坊した!?
昨日はかなり疲れていたのだろう、寝床に入るなりぐっすり眠ってしまった。気持ちよく眠れたのは良いのだけれど、もう朝練の時間ギリギリだ。手早く着替えて顔を洗うと、学校から持ち帰った走る時の重りを手に取り、急いで玄関から表に出る。
マコちゃんはうちの玄関前で待っていた。走る時の重りもちゃんと持ってきている。
「ごめん、寝坊した!」
「大丈夫、問題ないよ。昨日は遅くまで頑張ってたの?」
ならったばかりの準備体操をしながら、簡単に昨日の報告をしあう。
「昨日はいろいろあって。」
「そうなんだ。私は剣術で中級合格して上級になったよ。」
「さすがはマコちゃん。こっちは神聖魔法の初級免許がとれたよ。」
「ええ! 始めたばかりで免許って! それはすごいね。」
準備体操を終えて自分の重りを両手に持つ。マコちゃんも重りを手に取った。あれ、マコちゃんの重り、なんか紐がついている?
「ああ、これ? 持ち歩くときに両手が塞がって嫌だから、紐をつけてみたの。」
「それ便利そうだし、俺も真似してみようかな。」
穴を開けて、そこに紐を通す感じかな。
マコちゃんは昨日までとは違う速さで走り始めた。俺も自己強化で追いかける。まだ少し意識している必要があるけれど、おぼえてからずっと自己強化魔法の魔力循環を続けているので、かなり慣れてきた感じだ。
俺がしっかりついてきているのを見て、マコちゃんはさらにペースを上げる。基礎体術の授業の時と違って、走るのを意識しながらでも自己強化を維持できるようだ。
あのとき双子がやっていたみたいに、この状態で回復魔法を使おうとしてみる。まだちょっと難しいな。走りを意識しなければいけるかな。マコちゃんの揺れる丸い物に焦点を合わせて、回復魔法を使ってみる。これならできそうだ。
まだ他人を回復するのは難しそうだけど、自分を回復するだけならなんとかなる。自己強化と回復を同時に途切れさせずに、ほぼ意識せずに使えるようになれば行動の幅が大きく広がるはずだ。
いつものランニングは、いつもと大きく違う経路を通っていく。町を縦横に流れる運河を何本も越え、中央神殿、そして西神殿にも足を延ばす。学園の正門前を通って、いつもと同じ時間に家の前まで戻ってきた。
これが俺と走り始める前にマコちゃんが走っていた道順なんだとか。魔法二つ使ってようやく追いついたってことか。やっぱりマコちゃんは半端ではないな。
走り終えて、膝に手をあてて休憩するマコちゃんに、回復と浄化の魔法をかける。
「あれ? これって?」
「回復と浄化の魔法ね。疲れが取れて、汗臭いのもなくなるよ。」
「これ、いいね!」
自分の腕をスンスンしながら喜んでいるので、次からもやってあげよう。そんなに臭くないとは思うけど、女の子には気になる物だっていうしね。
素振りはいつものように上から下に、その後斜め下に、そして逆斜めに振った後、マコちゃんは中腰になって横薙ぎで振り始めた。型の稽古では見たことがない振り方だけど、俺がやっていたのよりもいい感じがするぞ。
「その横薙ぎ、どうしたの?」
「剣術の授業の時に先生に教えてもらったの。」
中腰になって横薙ぎして立ち上がる、もう一度中腰になって逆の横薙ぎをして立ち上がる。中腰になって左右の横薙ぎ、また中腰になって逆方向に左右の横薙ぎ。
「振った後は毎回立ち上がるんだね。」
「その方が体重を落とす力が剣に乗るのと、相手の動きに対応しやすくなるってことみたい。」
俺も真似して振ってみる。毎回座って立つので足腰に厳しそうだ。数回くりかえしてみて、この方法の良さがなんとなくわかってくる。
「腰を落としてると、躱されたときに体当たりされて。逃げられないし、態勢が崩れるし、どうするのがいいかと思ってたんだ。」
「腰を落とすのは体のさばき方が難しいよね。中腰だと簡単に左右に逃げられるし、体当たりされそうになったら後ろに飛べばいなせるってことみたい。」
俺もマコちゃんにならって、同じようにぽよよ~んと横薙ぎを繰り返した。
まだ少し早い時間だったが登校して教室にいくと、スバルとイスズの女子寮勢がすでに来ていた。
「おはよう、二人とも早いね。」
「ああ、おはよう……。」
まだ朝だというのに二人とも疲れ切っていて、特にイスズは挨拶する元気もなく、机に突っ伏している。
「二人ともどうしたの?」
「朝に走り込みを始めたんだけど、かなりきつくて。」
「足が痛くて動けないよう……。」
ああ、そういうことか。俺は二人に回復魔法をかけてやる。浄化もおまけにつけてあげよう。
「どう? ちょっとましになったでしょ。」
「おお? 何これ、回復魔法? どうしたのよ。」
「うわ~生き返ったぁ!」
喜んでいる二人にも、初級神聖魔法の免許を取ったことを話すと、やっぱりびっくりされた。
「エイタ欲しいなぁ。回復魔法だけでいいから!」
「本人不要とか、ちょっと笑える。」
魔法取られちゃったら、ただのブタ以下になっちゃうので勘弁してください。
「なら、朝一緒に走ってみる? エーたんもいいよね?」
「それ、良いかも知れないね。」
自己強化や回復を使ったとしても、休憩なしで走り続けると非常に良い鍛錬になることは、昨日と今日の経験で自分でもよくわかる。
「え? いいの? お願いしちゃうよ? あとからダメっていうのは無しよ?」
イスズは乗り気だしスバルも了承したので、明日の朝は学園に集まって走ることになった。まだ走りながらの回復はできないけれど、できるようになるまでは少し立ち止まっては回復すればいいのだ。
明日は少しでもうまくできるように、今日は一日中、自己強化と回復をずっとかけ続けるようにしよう。
魔力循環のせいなのかいつもよりお腹が減るなぁと思っていたら、もうお昼休みだ。早く食事にしよう。みんなで集まって学生食堂へと移動する。
「剣術組は全員初級合格したぜ、俺とマコトは中級も合格で、次は上級な。」
食堂に移動しがてら、ユウジが昨日の結果を教えてくれた。俺もこちらの結果を共有しておこう。
「神聖魔法組も三人無事に初級合格したよ。」
「私も合格で、次は弓術上級になったわ。」
「俺も次は槍術中級になった。」
みんなが次々に結果を教えてくれる。初級合格者続出だな。
「いやいやいや、おかしいだろ!」
「なに? 私の弓術に何か文句でもあるの?」
ユウジの異議にスバルが片方の眉を上げる。ちょっと恐い。
「いや、そっちじゃなくてだな、」
「ならば俺の槍術が問題なのか?」
「そっちでもなくて!」
ボルボ、お前わかって言っているだろ。
「なんでエイタが合格なんだよ、始めたばかりのはずだろ?」
「んと、才能かな?」
アゴに手をあててニヤっと笑って返してやる。
「というより豚魔法。」
「豚魔法か。意味はまったくわからないが、なぜか完全に納得した。」
えええ? 豚魔法で定着させる気なの?
「うわぁ、もしかして、わたしだけ初級のまま?」
イスズが嘆いているが、まだ始まったばかり、これから追いつき、追い越せばいいのだ。
「授業なんて飾りだって。俺たちの目標はずばり?」
「レベル三十突破。」
「魔法騎士。」
ユウジの音頭にキイチロウとスケヨシがすかさず返す。お前らまだ出会ったばっかりなのに、なんでそこまで息が合っているんだよ。
「ダンジョンだな。」
ボルボがぽつりと、それでいて気合が入っているのがわかる声でつぶやいた。
「そうね。休みにはみんなで行くでしょ?」
「だよね。先輩から準備したほうが良い物とかの情報を聞いてるから、今日の放課後は集まって購買で買い物しない?」
スバルやイスズの提案にみんなが賛成し、放課後に集まることになった。