14. 豚魔法
「何を見ているのか私にはわからないけれど、あなたには何かが見えているということなのね。」
リョウコ先生の質問に俺はかなりしっかり答えたつもりだったのだが、どうもうまく伝わっていなかったようだ。
「最初のは数字の8の字、二つ目は渦巻を描いたつもりだったんだけど。見えているのは豚魔力?」
豚魔力ってなんやのん? 確かにデブでブタなのは認めるけども。認めるけども。
ここはもう少ししっかりと解説してみるべきか。
「えっと、そういう形には見えないです。というか、そういう、なんだろう筆で書いたような形?には、簡単にはならない、ですよね?」
「どういうこと?」
もうちょっと細かい説明が必要なのかもしれない。目で見ているわけではないけれど、見えるのは確かだ。とはいえ今まで説明したことなんてないので難しいぞ。
「魔力循環してるとよくわかるけど、魔力が流れると雰囲気というか質?が勝手に変化していくでしょ? それに引っ張られて別の場所で別の質の魔力が動きますよね? それがまた別のを引っ張ってって続くから、立体っていうのかな、それが変化し続けるっていうか……。」
まだ良く伝わっていないのかもしれない。
「循環で質が変わる? なんのことか良くわからないけれど。わからないから実験してみようか。」
ぐさっ!
「痛っ!」
リョウコ先生は俺の手を取り、再び突然デカい針を手に突き刺してきた。酷い。
「そこのあなた、回復魔法で治してみて。デブタくんはそれをしっかり観察してね~。」
しめいされたアキコが、なむなむなむ~と呪文を唱え、俺の手に魔法をかける。
「ん~傷跡が残っちゃったかぁ、もう一回だね~。」
なむなむなむ~。今度は傷跡も消えて、すっかり治ったようだ。
「デブタくん、どんな感じだったか教えてよ。」
「んと、口で言うのは難しいけど、リョウコ先生の回復魔法が『ほわほわわ~~ん』だとすると、アキコの一回目は『ぽわぽわわぁん』っていう感じで、ニ回目も同じ感じではあったけど、ちょっとだけ『ぼわぼわわぁん』に近かったかも。」
「豚言語じゃなかった!」
いつの間にか俺の名前がデブタになっていることには、抗議したほうがいいんだろうか。
「アキコさんはどんな感じだった?」
「呪文はどちらもうまく唱えられたと思う。一回目で治りきらなかったから、二回目は傷跡を治すように、って思ってた、かな。」
その後、何度か同じ実験や、アキコの失敗魔法の再現などを繰り返して、よくわからないけれど今のところ問題なさそうだ、ということになった。良かった、これで魔法の練習を続けられる。
「それじゃ初級合格のみんなは、神聖魔法の練習を続けてね。」
あとは魔法をどんどん使って練度を上げていく必要があるのだそうだ。
「わかりました!」
ぐさっ! 回復! ぐさっ! 回復! ぐさっ! 回復! ぐさっ! 回復!
ぐさっ! 回復! ぐさっ! 回復! ぐさっ! 回復! ぐさっ! 回復!
ぐさっ! 回復! ぐさっ! 回復! ぐさっ! 回復! ぐさっ! 回復!
ぐさっ! 回復!
あれ? 今の感覚は何だろう、これはもしかしたら……
何かがわかった気がする。俺はデカい針を握りなおし、もう一度刺そうとしたところを……、リョウコ先生に腕を掴まれて止められた。
「いや、毎回手を刺す必要はないのよ~?」
普段は魔法の空打ちを続けて、時々、だいたい一日に一回か二回程度、しっかり発動できているかを確認するために、本物の傷をつけて魔法をかけるのだそうだ。
ここは従うべきか。でも今、何か大切なことが掴めそうな気がしているのだ。
「もう少しだけ刺してやってもいいですか? 何かがわかりそうな気がしてて。」
「わかったわ、仕方ない子ねぇ。」
リョウコ先生の了承を得て、一発一発しっかり確認しながら続ける。
ぐさっ! 回復!
あ、やっぱりそうだ。
ぐさっ! 回復!
ぐさっ! 回復!
うん、間違いない。
回復魔法の魔力が体の中の魔力と絡み合って、それが傷を治していくのだ。
ぐさっ!
すぐに魔法を使わずに、怪我をしているところの魔力をしっかり意識しながら、それとうまく絡み合うように回復魔法の魔力を調整する。
回復!
ちょっとずれた。もう一度だ。体の中に残った傷のところの魔力を意識しながら調整しなおす。
回復!
よし、うまくいった。
傷の魔力に意識を集中していると、何度も手を刺しているからか、ところどころ手の中に完治していない傷が残っているのがわかるようになってくる。
回復!
まだ残っているな。再度意識を集中する。
回復!
うん、ほぼ完治した。
もう一度やってみよう。
ぐさっ! そして意識してから……回復!
少し残った。もう一度、意識してから、回復!
よし、完治した!
ぐさっ! 意識して、回復!
ぐさっ! 意識して、回復!
ぐさっ! 意識して、回復! もう一度意識して、回復!
ぐさっ! 意識して、回復!
刺す場所を微妙に変えながら続ける。
怪我をしたところの魔力を捕らえるのに慣れてきたぞ。
ぐさっ! しっかり意識して……、回復!
手ではなく、腕を刺して回復してみる。一発で完治だ。
「何か見つけたの~?」
リョウコ先生は俺が何をしているのか興味があるのだろう。周りの生徒たちも手を止めてこちらを覗っている。
「同じように刺したつもりでも、怪我する場所はちょっと違うし、中の状態も違うでしょ?」
「うん、そうね。そういうものを全部、しっかり思い浮かべることが難しいのよ。」
ああそうか、みんながやっている普通の方法の場合は、心の中で傷の状態をどれだけ想像できるのかが重要になるのか。
「俺のって普通とは違うかもだけど、怪我したところの魔力の感じが、魔法の魔力の感じと何かうまく合わさって、怪我が治っていくようなんですよね。だから怪我の奥の方まで魔力の感じを意識して、それに合うように魔法の魔力を調整するとしっかり奥まで治る、そんな感じです。」
これで通じるかな?
「手の中の傷がわかるの?」
「はい。でも傷自体が見えるというんじゃなくて、傷の周りは魔力が違っているというのがわかる感じで。」
俺のこの言葉で初級合格者たちの空気が変わった。
いやなに? なんで獲物を狩る肉食動物のような眼が並んでいるの?
「ちょ、ちょ、タイム! 休憩にしよう、休憩!」