3-34. 後始末
その日、学校から帰る時、俺はマコちゃんとしっかり手を繋いでいた。
魔力循環のお陰でラブラブになった? 違う、そうじゃない。
家に帰りつくや否や、玄関の扉を開ける前にキサが弾丸のように飛んできた。俺が恐れていたとおりだ。
「お兄ちゃん、ずるいずるい~! 裸んぼの魔力循環ごっこは駄目だって言ってたくせに、一人だけずるい~!」
「キサ、ただいま。とりあえず家に入らせて?」
俺は駄々をこねるキサを抱き上げ、そしてさらに強くマコちゃんの手を握って家の玄関をくぐった。
そう、マコちゃんと手を繋いでいたのは逃がさないためだ!
「俺は着替えてくるから、マコちゃんはキサの相手をしててね?」
「え、エーたん、ちょっと待って!」
いや、待たない! 俺は妹を無理やりマコちゃんに押し付けると、急いで自分の部屋へと逃げ込んだ。とはいえいつまでもここにいるわけにはいかない。俺はゆっくり着替えを済ませると、居間に戻ることにした。
部屋に入る前に隙間からこっそり中の様子を覗ってみる。キサはマコちゃんの膝の上で魔力循環ごっこをしているようだ。よし、大丈夫、裸んぼじゃない!
「ごめん、お、お待たせ!」
少し声が震えてしまったが、なんとかごまかせたと思いたい。このままうやむやにして流せるかも? 一瞬そう思ったものの、そうは問屋が卸さなかった。
「エイタ、五人ものお嬢さんたちに手を出すなんて……全員しっかり責任を取らないといけませんよ?」
母さん、何を言っているのっ!
「そうだぞ、エイタ。手に余るようなら父さんも手伝うから。」
げしっ! げしっ! げしっ! げしっ!
父さんが何か言っていたようだが、母さんにボコボコにされて奥に引きずられて行った。もしかしたらこれが父さんの元気な姿の見納めかも知れない。しっかり手を合わせて拝んでおこう。
「お兄ちゃん帰ってきた! これで裸んぼで魔力循環大会できるね!」
ちょっと、マコちゃん! ぜんぜんキサが落ち着いてないじゃないの!
「お願いだから、責任取ってちゃんとしてよ……」
「そうだね。ちゃんと責任を取らないと駄目だね。」
マコちゃんは口をしっかりと結ぶと、おもむろに自分の服に手をかけて脱ぎだした。
「違う、そうじゃないっ!」
「そ、そうだね、わかった!」
マコちゃんは服を脱ぐのをやめると、今度は俺の服に手をかけて脱がせ始める。
「違う、違う、そうじゃないっ!」
えええ? なんでそんなに驚いたような顔をしているの!
「だって私だけ脱いでも。エーたんが脱がないと意味がないよ?」
「それはその通りだけど、違うからっ! 裸んぼで魔力循環はしないからっ!」
俺が必死で止めたおかげで、とりあえずマコちゃんの手は止まったものの、それだとキサが承知しない。
「えええ~、魔力循環ごっこ! お兄ちゃん一人だけ、お姉ちゃんたちと一緒に楽しく遊んでたじゃない! ずるい! ずるいよ!」
どうしたものかとマコちゃんの方を見ると服を脱ぎだしてしまうし、それを止めようとするとキサが泣き喚くし、俺はいったいどうすればいいんだ……。
「お兄ちゃんだけ楽しんでずるい!」
「あれは……、そう、あれはあいつらが雑魚だったから仕方ないんだ!」
切羽詰まった俺は、苦し紛れにそう言葉に出していた。
そう、彼女たちは服を着たままだと魔力循環できないぐらいの雑魚なのだ! そうだ、そういうことにしよう!
「マコちゃんは見本を見せるために脱いだだけなの。キサは雑魚じゃなくて大物だから服を着たままで良いの!」
「え~~、ほんとかなぁ……」
キサが疑わしそうに睨んでくる。
「ほんと、ほんと、ほんとだってば。マコちゃんはキサより雑魚だから、服を脱がないとダメかも知れないけど!」
あ、ちょっと余計なことを言ってしまった?
「へえ~~~、私は脱がないとダメか~~~。そうかもね~~~。」
しまった、マコちゃんの負けず嫌いに火がついたか?
冷たい目で俺を見ながら服を脱ぎ出すマコちゃん。慌てて止める俺。
ごめん、許して、俺が悪かった!
ビビビビビビビビビッ!
マコちゃんが俺に魔力を流しながらケラケラ笑い始めた。
「よーし、私も! いっくぞー!」
ビビビビビビビビビビビビビビッ!
キサもそれに習って俺に魔力を流してくる!
「くっそー、やったなっ!」
俺も反撃を開始し、それが今夜の魔法循環大乱戦の幕開けとなったのだった。
「エイタ、ちゃんと責任は取らないと駄目よ?」
母さん……これって、やっぱり俺のせいなの?
翌朝の練習、ボルボは復活していたが、さすがにユウジたち三人はお休みだった。
元気一杯な女子たちも含めて簡単に試してみたところ、みんながみんな魔力量を増やしているし、魔力循環の流れも目に見えて良くなっていた。それでもまだマコちゃん以外は誰も、片手だけで超加速できるまでには至っていない。アキコとハルコはあと少し足りないぐらいかな。
「これを毎週一度続けたいところだ。」
「別にいいけど運ぶの面倒だから、次やるなら寮の前な?」
「むう、わかった。」
そんな俺とボルボの会話を聞いて、なぜか女子組がニマニマと笑っている。
「へえ、毎週ねぇ。」
「私たちともやりたいのかしら?」
<エイタ! 雑魚が煽って来てるよ! 退治しないと!>
ルードラが嬉しそうにファイティング・ポーズをとって、シャドウ・ボクシングみたいなことを始める。
「やるのは朝じゃなくて夕方だよね、エーたん?」
マコちゃんまでやる気だ……もう勘弁してください、嬉しいけど。とっても嬉しいんだけどっ!
魔力循環のおかげで今日のダンジョン行はお休みになったので、かなりまとまった時間が出来てしまった。
「エーたんはどうするの? やっぱり魔法の練習?」
「練習は午前だけで、午後からはダンジョンに行こうと思ってるよ。」
「それなら魔力循環は午前の練習の終わりごろだね。」
え? やっぱりやるの? とりあえずパンツだけは死守した。
午後からはダンジョンで妖獣狩りだ。
別に高級肉を流すのは俺たちの義務でもなんでもないのだけれど、全く無いというのもまずい気がする。だから妖獣モアーやシカー、ロバーあたりを数十匹狩って市場に流そうと考えているのだ。
妖獣ダチョーやモアーは空から探して近づいて斬るだけなので、とても狩りやすい。三十匹や四十匹ぐらいならほんの一瞬で終了だ。
妖獣シカーやロバー、ヤギーは狭い穴蔵の中なので、見つけるためには穴の中を走り回らなければならない。倒すこと自体は簡単だけれど面倒くさいのだ。今日のように暇にならなければ、とてもじゃないが狩りたいとは思わない。
ダチョーやモアーはそれぞれ四十匹ちょっと、シカーやロバー、ヤギーもそれぞれ二十匹ちょっと狩って、今日の狩りは終了することにした。
狩ろうと思えばもっと狩れるのだけど、今日は他にやりたいことがある。そう、ウマーの領域の結界の修復だ。
地面になっていた結界が無くなって以降、ウマーはどこかに消えてしまった。元のような地面を結界で作れば、もしかしたらウマーがまた現れるかも知れない。ウマーなら空から探して簡単に狩れそうなので、今日のような獲物狩りには最適に違いないのだ。
元の結界は一枚だけだったので、壊れた時に地面が丸ごとなくなってしまった。もう一度同じことをするのも面白くないので、複数の結界を合わせて一枚にしてみることにした。
妖獣ウシーの領域への入り口の部分だけ穴を開けるようにして、小さな結界をつぎ足しながら元の地面のように覆っていく。これなら一部の結界が壊れても、地面が全てなくなることはないはずだ。
また結界は一重ではなく、簡単に穴が空かないように四重、五重にして強度を上げていく。ウマーが復活したとして、縦横無尽に走り回られると面倒なので、ところどころに出っ張りも作っておいた。
また結界を応用して、目印のために変な形をした像をいくつか作って立てて置く。いったい何をかたどったものなのか、作った本人にさえよくわからないけれど、そんなことを気にする必要はない。目印になるなら何でもいいのだ。
超加速と飛行を駆使したのだけれど、とても広いウマーの領域すべてを処理するにはかなりの時間がかかってしまった。とはいえそれなりに満足がいく出来になったので良いとしよう。
これで無事にウマーが復活してくれればいいんだけどね。