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11. 死のマラソン

 脱落したらクラス落ちってマジですか! あかん、あの顔は本気だ!


 みんな飛び上がるようにして一斉に練習場の周りを走りだす。最近始めた朝のやつよりもかなりペースが速いぞ。せっかくマコちゃんが「みんなについていけるように」と朝の練習を始めてくれたのに、俺は初日で脱落することになりそうだ。


 まこ、ちゃん、ご、め、ん、ぶひっ、ぶひっ、ぶひっ、


 激しく息切れを起こして立ち止まる俺に、厳しい怒声が飛んでくる。


「おいそこ、立ち止まるんじゃない! お前、ホソカワ・エイタだな、自慢の魔力はどうした? 自己強化も使えないのか?」

「つか、え、ます、けど、ぶひっ、ぶひっ、」


 息が切れて、まともに喋ることもできない。


 みんなにどんどん周回遅れにされていく。最後尾に近いだろう、アキコ&ハルコの双子にも抜かれる。


 ぶひっ、ぶひっ、ぶひっ、ぶひっ、


「豚呼吸法?」


 抜かれ際に声をかけられた。頑張れって応援されるのかと思ったら、そんなことはなかったぜ。双子、半端ない。


「ならサボるな、しっかり使え! 説明ちゃんと聞いていたか? なんのための魔法騎士学園だ!」

「ひい、はい、ぶひっ、ぶひっ、」

「他のヤツも魔法が使えるやつは使え。ただし呪文を唱えるからとペースは落とすな、絶対に維持しろ!」


 魔法使っても良かったのか。免許の問題があってうまく使って来られなかったけど、昨日のダンジョン突入でかなり練習になったのだ。魔力を心肺強化っぽく、代謝も上がるように変化させ、しっかり循環させる。


 ふう、呼吸が落ち着いてきた。よし、行くぞ。


 俺は再度足を動かし、走り始めた。筋力、瞬発力、持久力も同時に強化していく。


 再度走り出したものの俺のペースはまだ遅い方で、何人かが俺を追い越してさらに周回遅れにしていく。そんな中、ふと懐かしい気配がしたと思ったら、俺の目にぷるんぷるんと揺れる何か丸い物が映った。たしかこれだ、この丸い物だ。このぷるんぷるんの物についていく。それが俺の使命だったはずだ。


「腕を大きく振れ! 太ももを上げろ、足を前に出せ!」


 そんな声が遠くから聞こえてくるような気がする。


 だが俺はそのぷるんぷるん揺れる丸い物だけに焦点を当ててついていく。何も考える必要はない。カルガモのヒナが母鳥の後を追いかけるのと同じ、そのように刷り込まれているのだ。


 走ることについて考えるのをやめた俺は、自己強化魔法を維持し、さらに熟成することに精神を集中する。今までばらばらで動いていた歯車が徐々に噛みあっていき、無駄な力がどんどん抜けていくにつれて、強化の効率がぐんぐん上昇していく。


 カチリ。何かが完全に噛みあった気がした。俺は壁をひとつ乗り越えたようだ。自己強化なんか眠っていても出来るなんて思っていたけれど、まったくそんなことはなかったんだなぁ。俺はさらに自己強化魔法に深く集中していく。



 俺が自己強化魔法に目覚めつつあるころ、他の級友たちにも限界が訪れつつあった。


「ああ、」


 クラス落ち……絶望的な表情で倒れ込んだ女子生徒がいる。ヤマナ・イスズだ。眼鏡をかけた小柄なその女子生徒は、学業成績はずば抜けているものの、体力についてはまだ発展途上であった。他の生徒たちは倒れた彼女に声をかけることもなく追い抜いていく。誰もが他の者のことを思いやる余裕を失っていた。ただ一人を除いて。


 そのただ一人、余裕の表情を浮かべていた男、オニガワラ・ボルボは、何を思ったのか倒れ込んだイスズに駆け寄り、無言で彼女をひょいっと横抱きにして走り始めた。


「おいそこ、オニガワラ・ボルボだな。他人のことに構っている余裕はあるのか!」


 ショウ先生の激が飛ぶ。


「俺はこの訓練に強敵から逃げる場面を想定している。逃げ遅れる仲間を助けることも訓練のうちだ。」


 女子生徒を一人抱き上げながら走っているのに、まったく息をきらすこともなく、普通に話をするのだから驚きだ。


「よしわかった、だが絶対止まるな、ペースも落とすな。あと前で抱かずに背中に背負え。両腕を自由にして敵の横槍に備えろ!」


 ボルボは走りながら器用に、指示通りにイスズを自分の背中に回して背負うようにする。イスズもそれに合わせて彼の首にしがみついた。


「しっかり掴まっていろ、揺れるけど我慢してくれ。」

「うん。ありがとう。」


 声をかけると、ボルボは元のペースまで一気に加速した。さらにギュっとしがみつくイスズ。


「俺が誰もクラス落ちになどさせん!」



 その声をアキコとハルコの双子は確かに聞いた。


「熱血だねぇ。」

「ゴリラ宣言?」


 彼女たちは、ペースそのものはそれほど早くないものの、回復魔法を駆使してしっかりした足取りで走り続けていた。そんな二人の目がきらりと光った。


「この気合には応えなきゃね。やっちゃうよ? ハルちゃん。」

「やっちゃおうか。アキちゃん。」


 彼女たちは、脱落寸前の大きくペースを落とした級友たちを追い抜きざまに、回復魔法をかけて復活させていく。


「交代で、かければ、はぁはぁ」

「いけそうだね、はぁはぁ」


 魔法の呪文を唱えるときにはどうしても呼吸が乱れるし、魔法には集中も必要だ。彼女たちは幼いころから回復魔法の鍛錬を続けてきたが、こうして走りながら魔法を使うのは彼女たちにとっても初めての経験だ。それでも確実に一人一人級友たちを癒していく。


 ボルボの超絶な気合と、双子の回復魔法は、限界に近かった級友たちに勇気と力を与えていく。


 特に男子生徒たちの復活には目覚ましい物があった。しっかり鍛えれば、可愛い女子を抱っこしたりおんぶしたりできる! 女子の柔肌に合法的に触れられる上、助けた女子から「頼もしいのね、大好き!」とか告白されるかも知れない!


 彼らが女子を背負って走れるまでに鍛え上げるころには、女子のほうも軽々走り切れるまで鍛えられているのは間違いないのだが。獲らぬ狸の皮とはどこまで大きいのだろうか。


 こうして俺たち甲組はなんとか一人の脱落者も出さずに、突然始まった鬼の走り込みを乗り越えたのだった。



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