3-30. 学校対抗武技大会
早朝練習は鬼ごっこで終わるのが恒例になりつつある。
「あははは~、待て待てぇ~。」
「わかった、わかったから! いい子にするから! やめてええ~ぎゅおおおおおおおおっ!」
「きょ、今日は、本当にダメなの、許してえええぇぇええ、ぐええええええっ!」
<きゃはははは! てんちゅうでござるぅ~~~!>
よし、これで残りはマコちゃんと双子だけだな。
授業で初めて走った時にはかなり広いと思っていた練習場だけれど、こうしてレベル百二十を超えた今では、自由に走り回ることなんて出来ないくらい狭く感じてしまう。
この狭い中での鬼ごっこだ。当然のことだけれど直線的に逃げるのは不可能だ。もしも逃げようと思うなら、いかにして機動力を上げて、ぎりぎりで躱すかが鍵になってくる。
しかしまだ奥義に目覚めていないと、自分の体がうまく扱いきれず、緩急をつけながらの急な動きなど出来るはずがない。だから超加速も飛行もなしで簡単に追い詰めて捕まえることが出来てしまうのだ。
その点、アキコとハルコの双子は奥義を会得しているので、しっかりと紙一重のところで避けてくる。とはいえ右に逃げると見せかけて左に逃げるなど、フェイントを入れられるまでには至っていない。
その程度だと、まだまだ俺の敵ではないな。
「きゃあ、やめてぇ、ちかん、ぎょぼぼぼぼぼぉぉっ!」
「あ、悪霊退散! ぐへええええぇぇぇぇぇぇえっ!」
<きゃっきゃっきゃ、ざこ~、ざこ~!>
よし、残るはマコちゃんだけだ。
マコちゃんは毎日何度も魔力循環大戦をこなしているので、ここでわざわざ仲間に施している程度の弱い魔力循環を行う意味はないんだけれど、なんだか楽しそうだという理由で参戦しているのだ。
マコちゃんもまだ平面的な動きだけで、上下を使った立体的な動きは出来ていない。とはいえ奥義に目覚めてから時間がたっていることもあって、いろいろな動きに余裕がある。
視線で誘導したり、わざと筋肉をこわばらせてこちらの動きを誘ったりと、いろいろな手管でこちらの動きを牽制してくる。俺も姿勢を変えずに方向だけ変えるような変則的な動きで追いかけるのだけれど、結構な確率で回避されてしまうのだ。
「えいっ!」
「うぉ? 危ねっ!」
危ない、逆に捕まえられるところだった。
そう、回避されるだけじゃなく、こちらが隙を見せたら逆に掴まれて、魔力を流して反撃してくるのだ。
俺は後ろに跳んで逃げると見せかけて、マコちゃんが伸ばしてきた右手を手繰って後ろに回ると、後ろから抱きついてマコちゃんに魔力を流し込んだ。
「きゃんっ!」
はっはっは、今日も俺の勝ちだ!
今はまだ勝てるけれど、マコちゃんは戦闘勘というか、状況判断力というか、そもそも俺とは才能とセンスが違うので、そのうち超加速も飛行もなしだと捕まえられなくなる気がする。
今朝の練習もこれで終わりだ。
転んで尻餅をついたマコちゃんに手を貸して立たせた後、未だにひっくり返っている仲間たちの方を振り返る。帰る前にこいつらを外に放り出さないと。この練習場は俺たちが貸し切りではあるんだけど、札をいちいち職員室に返却しないといけないのだ。
「ねえ、エーたん、」
仲間たちの元に向かおうとすると、マコちゃんが後ろから俺の肩を叩いた。
ビビビビビビビビッ!
うおっ?
なんだ、びっくりした。魔力を流されたっ!
「えへへ、三回勝負だよ!」
驚いて振り返ると、マコちゃんがいたずらっ子のように笑って逃げ出した。
この負けず嫌いめ~。
勝負は三回では終わらず五回勝負になり、最終的に俺の三勝二敗で終了した。
転んで怪我したふりをして、助けに近寄ったところを狙うのは反則だと思います。
仲間たちを担いでは外に放り出し、練習場の後片付けをしていると、いつもよりちょっと遅い時間になってしまった。早く帰らなければ!
案の定、朝食の前後には軽くて激しい魔力循環ごっこが待っていた。なんだか毎日少しづつ激しさが増していく気がしないでもない。でも魔力は順調に鍛えられているんだから、別に問題ないかな。
魔力循環ごっこが激しかったので、俺とマコちゃんはいつもより少し遅めに教室に入った。
リ~ンゴ~ン!
「ふう、ぎりぎり間に合ったか。」
「今日は危なかったね。」
鐘の音と同時にユウジたちも教室に駆け込んでくる。それより少し遅れてショウ先生も教室にやって来た。
学園に入ってしばらくするまで知らなかったんだけど、次の鐘が鳴るまでの時間は学級朝会といって、担任の先生からの連絡や、ちょっとした話し合いをするための時間だということを、他の学級の生徒たちから教えてもらった。
乙組や丙組など他の学級では毎朝担任の先生がやって来ていたらしい。生徒全員の自己紹介などもこの時間に行われていたのだとか。
ショウ先生は何も言っていないけれど、入学式直後ぐらいから、不穏な動きをする教師たちの対応で朝から飛び回っていたことが、甲組で朝会が行われなかった原因のようだ。今週に入ってやっと落ち着いてきたので、甲組にも学級朝会がやって来たのだ。
集会だとか規定レベルだとかの問題で、いろいろ陰口を叩かれ、そこら中で俺たちが悪いような言われ方をされてきたけれど、俺たちは事態を加速するためのダシにされただけで、何も関係なかったらしい。
もう終わったことだけれど、まったくもって不愉快な話だね。
「よ~し、みんな聞いてくれ。七月に学校対抗武技大会が行われるが、その予選も兼ねて今月末に武技大会が行われることが正式に決まった。」
おお、武技大会か!
この学園以外にも、この国には魔法騎士の育成のための学校がいくつも存在している。それらの学校から代表者を集めて全国一位を決めるのが、学校対抗武技大会だ。
武技大会という名前だけれど、剣や槍などの武芸だけではなく、魔法の腕を競う種目もある総合的な大会で、ここで優勝することが学園の名声を高めることに大きく繋がっていく。魔法騎士学園としては絶対に負けられない大会なのだ。
「武技大会はレベル二十以上の騎士部門、レベル十以上の騎士部門に分けて行われるぞ。キヨシ、タケシ、お前たちも参加したければ、大会までにレベル十まで上げろよ?」
戦う上でレベルの差というのは非常に大きい。騎士にとってはかるい一撃であっても、低レベルの者にとっては即死になるほどの威力の差があるのだ。だからレベル十以上、レベル二十以上と、レベルに合わせて部門が用意されているわけだ。
あれ? レベル三十以上は?
「すみません、魔法騎士は騎士部門で参加するんですか?」
「ああ、魔法騎士な。参加資格はないぞ?」
え? なんて言った?
「魔法騎士には参加資格はない。」
「え~~~! そりゃないよ、先生!」
「他の学校も集まって決まったことだ。どうしようもない、ユウジ諦めろ。」
俺たちの武技大会は、始まる前に終わった。
レベル三十で魔法騎士になったばかりの者と、レベル百二十越えの俺たちとでは、実力差が激しすぎて試合にならない。もちろんレベル十ぐらいごとに分ければ試合できないわけではないけれど、魔法騎士のレベルは公開しない『しきたり』なので、明確な基準で分けることができないのだ。
試合の影響が周囲に及ばないように結界を張るのも教師の仕事になるけれど、魔法騎士が暴れるとなるとそれを防ぐ結界を誰が張るのかというのも問題になってくる。
「エーたん、道場と一緒だね。」
もうこの仲間たち以外の誰かと一緒になって、懸命に何かをするってことは一生出来ないのかも知れない。
「仕方ない。私たちは私たちで何かしましょう!」
「おお、イスズ、良いこと言うね、何する?」
「満漢全席。」
「なにそれ? 料理大会?」
黄昏れていても何も始まらない、ここは俺も提案させてもらおう。
「鬼ごっこ大会!」
集まってきていたみんなが、海老のようにズズズっと下がって逃げて行った。
なんで!