3-29. 暗闘の影響
イオリ先生の新しい顔、サオリ先生の授業ではナデナデは健在だったが、イオリ先生の時とは違い、はっきり大きな声で呪文を唱えないと許してもらえなくなった。
最初、特に男子生徒たちは戸惑っていたようだけれど、授業が終わるころにはすっかりとその元気な流れに慣れてしまい、昨日以上に嬉しそうな表情を浮かべるようになっていた。
しっかり授業が受けられるようになった女子生徒たちも、最初は苦笑気味だったが、終わるころには冷ややかな表情はすっかり消えていた。
やはり先生もあの状態は良くないと思っていたそうで、ちょうどいい機会だからキャラを変えて、そのあたりのことも改善することにしたそうだ。転んでもただでは起きないというか、それでも生徒のことを考えている良い先生だった。
サオリ先生の幻影術授業のあと、俺は一人でダンジョンに向かった。個人練習に充てても良かったのだけれど、エチゴヤの若旦那から、ダチョー肉の追加依頼を受けたのだ。
「先週のダチョー肉、船で近場の町に運んだんですがね、倍以上の高値ですぐに売り切れてしまいまして。」
「こないだと同じくらいでいい?」
「はい、それだけあれば。」
あまり大量にありすぎても船の手配や保管場所に困ってしまうし、値段が暴落してしまうので、前回ぐらいの量がちょうどいいのだ。もう少し詳しく言うと、頑張れば今の数倍はこなせるのだけれど、王都方面は少し不穏な空気があるので、そちらは手控えているという。
そもそもレベル三十前後の妖獣から取れる高級肉は需要に対して供給が少ないので、他の地域に出荷すればそれなりの儲けがあることはわかっていた。ただここまでの人気になるとは想像していなかったらしい。
いくら最高に美味しい肉だとしても、そのことが知られていなければ高値で売れることはない。
全国各地にダンジョンは存在しているけれど、その中に繁殖している妖獣の種類には違いがある。妖獣ダチョーはここのダンジョン以外ではあまり見かけることがない妖獣で、肉もこの町だけで消費されていたため、あまり知られていないと思われていた。
しかし実際に売り出してみたら全くそんなことはなく、かなり味が良い肉として知名度が高かったようなのだ。
エチゴヤ向けの数百羽のダチョーの他、父さんや母さんのレベル上げ用にモアーも十羽ほど狩り、その肉は普通に市場に流した。
ついでにウマーの草原の様子も見に行ったのだが、やはり妖獣の姿はどこにもなかった。走り回るための地面が根こそぎ無くなってしまったのだから当然の話だ。もしかして結界を張りなおしたら復活しないだろうか。
試食の結果、ウマーの肉は名前のとおり美味いという評価になったけれど、どこにもいなくなってしまったのだから、もう狩ることは出来ない。次のウシーに期待するしかないな。
この後は学園長から、集会事件の顛末を色々聞くことになっている。俺は特に必要ないと断ったのだけれど、練習中の痴漢や覗きの問題があったり、騎士団長が暴れたりといったこともあったので、学園としてはどうしても必要なことなのだそうだ。
指定の通りに会議室に行ってみると、そこには学園長の他、魔法騎士団とおぼしき人がすでに席についていた。
「一年甲組、魔法騎士ホソカワ・エイタです。要請を受けて来ました。」
目を向けてみると、魔法騎士団の人は苦笑いを浮かべている。どこかで見かけた気がしたが、たしか鎧を修理してもらうときだったかな? 騎士団長の粗相を思い出しているのかも知れない。
「魔法騎士団第三部隊副長、ジュウモンジ・ドウシンだ。」
お互いの自己紹介の後、学園長からではなく魔法騎士団の副長から、これまでの捜査で判明したことを説明してもらうことになった。
集会参加者への取り調べや、他の教師や生徒たちからの聞き取りで、俺が謎の妖術を使って魔法騎士であるようにレベルを詐称し、女子生徒や女教師を性的に奴隷にしている、という発言が多々あったそうだ。
騎士団も神殿もそんな話はまったく信用に値しないと考えているが、出所を探ってみるとどうやら神殿内部、それもかなり上位の者の存在が見えてきたそうだ。そしてその上位者は、この国の王家に利用されていた可能性が高いらしい。
「もしかしたら、双子の父親がらみですか?」
「まあ、当たらずとも遠からずといったところだね。」
国王には会ったことはないけれど、魔法騎士ではなくただの騎士らしい。自分たちの地位を上げるために魔法騎士を追い落としたい、そのための暗躍をしているのだろう。そんなことを続けていれば国は乱れるし、父さんが言うように内乱になってもおかしくない。
俺が陰口を叩かれたのは、無能だと思っていたブタが速攻で魔法騎士になってしまったことで、頑張っても魔法騎士になれそうにない、またはなれなかった者たちの劣等感を激しく刺激されたことだけが原因だと思っていた。
だけど実際にはそれだけではなかったようだ。王家から何らかの工作を受けていたということは、魔法騎士全般の権威を貶めるための言いがかりの一環だったと言えそうだ。
レベル三十の魔法騎士とレベル二十九の騎士、能力はほぼ同じはずなのに、騎士は冷遇されすぎではないのか。それが彼らの表向きの言い分らしい。裏を返せば、魔法騎士の能力は騎士と同じぐらいなのに優遇され過ぎである、そう言いたいのだろう。
ほぼ同じというなら、レベル三十まで上げればそれでいいんじゃないか?
そこまで上げられないということは、そこには明確な違いがあるって意味じゃないのか?
なんにしても、取り調べ中に魔法騎士を否定するような言動を繰り返した教師たちは、集会への参加、不参加に関わらず、学園を解雇されるだけには留まらず、叛逆罪として裁かれる。
自分たちの地位は権力者によって守られている、そんな勝手な思い込みが彼らにいつまでも尊大な態度をとらせ、そして寿命を縮めることに繋がったわけだ。