3-23. 暴走集団ふたたび
みんなやはり緊張していたようで、ダンジョンから出るとあからさまにほっとした表情を見せている。
「ヤギーはもう狩りたくないな。」
「次は野原みたいだし、かなり雰囲気が違うから、もうヤギーはいないんじゃないの?」
「わからんぞ? さらに別の魔法を使うヤギーがいるかも知れん。」
解体所の受付でそんな話をしていたからだろう、近くで獲物情報を集めていたらしい商人風の人たちが興味を示したようだ。
「もうヤギーは狩らないんですか?」
「出てくれば狩らざるを得ないけど、そうじゃなかったら二度と狩らないかな? 多分次からは違う妖獣になると思うよ。」
「情報、ありがとうございます!」
すでにヤギーの試食は終わっていて、超高級肉という格付けになっているという。そんな超高級肉であるヤギーが、おそらくこれで打ち止めということがわかった商人たちは、ここで買いに走るか、手を引くか、その判断が必要になったということだ。
妖獣シカーの場合は魔法陣から出てすぐなので、俺じゃなくても誰かが狩るかも知れないけれど、ロバーやヤギーの領域となると今のところは俺じゃなければどうにもならない。
その俺が狩りたくないと思っているのだから、仲間の誰かが時空術を覚えて狩りに来ないかぎり、これで打ち止めになる可能性が非常に高いのだ。
「出てきたら狩るからね?」
次の草原領域がヤギーの縄張りだと狩らざるを得ないので、商人たちにはもう一度念を押しておいた。あとで嘘つきだ何だと言われて恨まれるのも困る。
次の日の朝。昨日は結構レベルが上がったので、みんなの体調が心配だったのだけれど、なぜか全員が絶好調だった。
「ここんとこで一番、体がしっくりする感じだ。」
「かなり戻ってきた気がするね。」
これは謎運動の成果なのだろうか。
今日のダンジョンはお休みにしても良いと思っていたのだけれど、こうなってくると話は違ってくる。新領域の様子を見てみようということで意見が一致した。
「動きが良すぎるからって暴走するのは禁止だからね。」
「わかってるよ。」
「任せて。」
次に自分勝手な暴走することがあったら、その時は本当に『さようなら』ってこともあり得る。この世からという意味で。
ダンジョンの怪しい気配という噂がまだ消えていないのは気になるが、こういう噂というものは原因になった問題が解決しても、なかなか消えずに残るものらしい。
解体所のおっちゃんには「お前たちの狩り過ぎが、怪しい気配の原因じゃないのか?」なんて笑いながら言われたぐらいなので、そこまで気にする必要はないのかも知れない。
準備体操の後、すでに全員が準備万端で集合しているのに、なかなか瞬間移動を発動しようとしない俺を見て、みんなも異常に気づいたらしい。
「もしかして、今日も?」
「今日も。旗も釘も両方とも。」
ヤギーは旗が大好きなんだろうか、今日もまた旗のところに群れが居座っている。ちょっと離れた釘のところにもだ。
「それって連戦になりそう?」
「まず間違いなく。」
「……今日はお休みにしたくなってきたよ。」
みんなの目が俺の方を見てくる。
もうヤギーは狩りたくないのね、うんうん、仕方ないかな。
俺が先行して、さくっと全部狩ることになった。
ぱっぱと掃除するように妖獣ヤギーを刈り取った後、一度戻って全員で戻ってくる。すぐそこがヤギーの領域の出口だ。
昨日と同じく、広い野原の方に移動すると、天井はまるで星空のようにきらきらと光っている。その星明りに照らされて、野原がずっと遠くまで広がっていることが分かった。
「草まで生えてるもんなぁ。外だって言われたら信じるわ。」
「見てみて。後ろの出てきたところ、洞窟の入り口にしか見えないわよ?」
スバルに言われて振り返ると、背後には大きな壁がそびえ立っており、ヤギーの領域に繋がる部分がまるで洞窟のように口を開けていた。
「進んでみようよ。」
「了解、周囲に注意ね。」
ここまでは幅が広いとは言え通路状だったので、前と後ろにだけ気を配っておけばよかったけれど、この草原のような領域では前後左右、四方八方に注意を向けなければならないのだ。
「妖獣がいないね。」
「もともと数が少ないのか、それとも集団で走り回っているのか……」
なんだかさっきから地面が揺れている気がするんだよね。気のせいかな?
「ちっ、やっぱりモアーの再来かよ。」
「右から来るよっ!」
集団で全力突撃されたらたまったものじゃないぞ。距離を開けて、勢いを殺すための凸型結界を張る、あれ、おかしいぞ。
「だめだ! 結界が下に伸びない!」
「うわ、本当だ、これ何? 地面がおかしいよ!」
「理解不能……」
この下が硬いというよりも、何か結界のような物が張られていて、それが俺の結界を伸ばすのを堰き止めている感じだ。
下に伸びないということは、頑丈な箱を地面の上に置いているのと同じこと。つまり突撃されれば結界ごと吹き飛ばされる。
妖獣集団が巻き上げる土埃が見えてきた。やばい、こいつらめちゃくちゃ速いぞ。
「あんなのに巻き込まれたら危ないよ!」
「物理結界で守る、みんな集まって!」
「了解!」
声を掛けると、俺は超加速を駆使して、グループ全員をまとめて一つの物理結界で囲んだ。地面の奥には伸ばせていない、ただの箱だ。
結界が完成するころには小さく妖獣の姿も見えてきた。
さらに瞬間結界を地面に埋めるようにして妖獣の前に展開する。表に出ている部分はそれほどでもないが、地面の下まで含めればとても背の高い結界だ。普通の結界だと下に伸びないかもしれないが、瞬間結界なら障害なんて関係なくしっかり埋まるはずだ。
瞬間結界を一つ、二つ、三つ。四つ目は間に合わないか? いや構うことはない、妖獣を巻き込みながら展開すればいいだけだ。
妖獣の姿がはっきりと視認できる距離になった。かなり大きい、妖獣ロバーのような姿だが、大きさが何倍も違う。それがいったい何匹いるのだろうか、無数の妖獣が津波のように押し寄せてくる。
「ハルコ、この結界、強化するわよ!」
「うん。」
双子が俺の張った物理結界の強化に専念してくれるようだ。
「来る!」
「頭を低くして!」
地面に深く埋めたはずの瞬間凸型結界が、その勢いに耐えられずに倒されていく。そして妖獣の津波は俺たちが入っている物理結界も飲み込んだ。
ドガガガッ! ガガガガガッ! ガガガッ!
妖獣たちにボールのように蹴り飛ばされているのか、俺たちの結界は弾き飛ばされ、何ども蹴り飛ばされ、転がされ、吹き飛ばされた。
結界の中では上下左右が何度も入れ替わり、俺たちは激しく結界の壁に、天井に、そして床に、何度も何度も叩きつけられた。
こうなったら超加速も飛行も役に立たない。