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千田さん家シリーズ

千田さん家の裏口は、異世界への入口4 〜金持侯爵〜

作者: たかつど

 最初に言っておこう。異世界に召喚されたからといって、すべての冒険が命がけで、涙と血にまみれているわけではない。むしろ、時には――そう、千田さん家のように――異世界は歩いて五分の場所にあったりするのだ。


 千田界――それは不思議の花が咲き、不条理な魚が跳ね、理屈とロジックが時折うっかり道に迷う異世界である。そしてこの世界のほぼ中央には、地元民から「チダプール」と呼ばれる池がある。


 湖でもなく、沼でもなく、ましてやプールでもない――だが泳げる。しかも時々、鮭が喋る。これが千田界では至って普通なのだ。


 その日の朝、池には陽が差しこみ、銀の鱗が水面を照り返していた。パラソルが並び、浮き輪がぷかぷか揺れ、かすかにレモングラスの香りが漂っている。そんな中、ひときわ派手なバスタオルを肩にかけて登場したのが、魔法おばちゃん・千田さんだった。


「さあて、今日も張り切って泳ぐわよ〜!」


 バシャンッ!


 足音を残さず、千田さんは見事な飛び込みを決めた。水しぶきはキラキラと空中で輝き、千田さんのバタフライが始まると、まるで湖面が舞踏会でも開いたかのようだった。


「ひと掻きで5メートルは進んでるわよ、あの人……」


 パラソルの下、日除けのサングラスをかけた折茂さんがつぶやいた。彼女は今日、絵葉書のように優雅な姿で寝そべっている。手元のジュースには魔法のミントが浮かび、氷は自動でカランカランと回転していた。


「折茂さ〜ん、あのバタフライ、反則級じゃないですかぁ?」


 と声をかけたのは、池の縁に立つ荻野さん。ラメ入りの水着に貝殻の髪飾り、まるで人魚から直接仕入れたような装いだった。足元にはカメの形をした浮き輪、そして片手にはフルーツぎっしりのスムージー。


「水着が魔法を帯びてるのよ、泳ぐと自動で髪が乾くの。便利でしょ?」


 その時だった。


「誰か……オレと勝負しようってやつぁ、いねぇのかァァア!」


 池の中央から、水しぶきを割って飛び出してきたのは――なんと、鮭だった。体長1メートル。銀の鱗が七色に光り、眉毛のような海苔がキリリと決まっている。


「ボク、シャケノスケっていいます! 今日のために遠い北の海から泳いできました!」


 千田さんが立ち止まり、ゴーグルをずらして目を丸くした。


「鮭が喋ってる!? しかも挑戦状!? ……いいわ、受けて立つ!」


 その瞬間、池の空気がピンと張りつめた。


 折茂さんはサングラスをそっと外し、荻野さんはスムージーをストローごと一気に吸い込んだ。


「やるわね……千田さん、本気だわ」


 魔法で描かれたスタートラインに立つ千田さんとシャケノスケ。水面には光の波紋が踊り、周囲からは応援の妖精たちが、手作りのうちわを振っている。


「位置について――よーい、ドン!」


 パシャァァンッ!


 二つの水柱が同時に跳ね上がり、まるで鏡合わせのようにバタフライが始まった。千田さんのフォームは完璧だった。手を広げるたびに水が割れ、まるで蝶の羽ばたきのように進む。シャケノスケも負けていない。尾ひれを巧みに使い、S字を描くように水を切っていく。


「いけぇぇ! 千田さん! ファイトォ!」


 荻野さんの声援がこだまし、折茂さんはワインのグラスを傾けながら「魔法による後押しなし、さすがだわ」とつぶやいた。


 半分を過ぎたところで、千田さんが加速する。


「焼き鮭を食べるためには、泳ぎきらなきゃいけないのよォオオ!!」


 一族に伝わる“鮭神功”が発動したのかもしれない。水が左右に割れ、池の鴨たちが慌てて飛び立ち、魚たちが「うおぉ」とざわめいた。


 一方、シャケノスケも意地を見せた。


「生き残りを賭けてるんだ! この戦いに負けたら……次の煮付けはボクかもしれないッ!」


 ふたりの泳ぎは、もう水ではなく空を切る勢いだった。そして――!


 ゴールの杭に、二人同時にタッチ!


「こ、これは……引き分け!?」


「いい勝負だったね……」と、シャケノスケが水中でふうっと泡を吐くと、千田さんは笑って肩を組んだ。


「いいえ、あなたも立派だったわ。でも私はまだ、焼き鮭が好きよ」


「ボク……ボクも、ちょっとだけなら塩焼きになってもいいかもって思ったよ」


 池は笑い声に包まれた。


 パラソルの下で折茂さんが拍手し、荻野さんがスマホで写真を連写していた。妖精たちは花火を打ち上げ、デコレーションされたスイカが割られ、魔法スピーカーから八木節が鳴り響く。


 この日以来、「チダプール」では毎年、“千田さんvs 鮭”の水泳大会が開かれるようになったという。そして大会ポスターには、いつも同じ言葉が書かれている――


「バタフライに年齢制限はない!」


 めでたし、めでたし。




 千田界の太陽が、まどろむような昼下がり、ひときわ大きくそびえ立つオオタニ侯爵の城は、普段ならば静寂に包まれていた。


 まるで、時が止まったかのような優雅な空気が、古木の葉ずれの音と共に城を包み込んでいたのだ。

 しかし、今日ばかりは違った。城の中央に位置する広大な庭園では、千田界の歴史に残るであろう、奇妙で、そして笑劇的な光景が繰り広げられていたのだから。


 オオタニ侯爵、その名は千田界随一の富豪であり、背が高く、肩幅も広く、あごはシャープで、まるで歯磨き粉のように爽やかな笑顔の持ち主であった。


 そして何よりも、「野球」と呼ばれる異世界では謎多き競技において右に出る者がないほどの天才であった。彼の名は、バットを振るえば遥か彼方へと消えゆくホームラン、ボールを投げれば相手を瞬時に凍り付かせる三振の山という、信じられないほどの伝説と共に、千田界の隅々まで轟いていた。


 子供たちは彼を、まるで絵本の中の英雄のように慕い、大人たちは彼の圧倒的な才能に畏敬の念を抱いていたのだ。


 その日も彼は、愛犬のデコと共に庭で軽く素振りをしていたところだった。デコは、侯爵のどんな小さな動きも見逃さず、まるで彼の分身であるかのように、ぴたりと足元に寄り添い、時折楽しそうに短い尻尾を振って吠える。

 その忠実な姿は、オオタニの心を常に和ませていた。


「オオタニ様、本日も素晴らしいスイングでございます!」


 控えめに、しかし確かな敬意を込めて声をかけたのは、侯爵の忠実な執事、タナカだ。

 タナカは、侯爵のどんな突飛な行動にも動じない冷静沈着な人物として知られ、オオタニの無鉄砲な行動を陰で支え、幾度となく危機を回避させてきた陰の功労者であった。


「ああ、タナカ。今日もデコといい汗をかいたよ。この感覚…そうだ、やはり私は打つべきなのだ!」


 オオタニは、顔には満面の笑みを浮かべ、バットを天に掲げた。彼のその笑顔は、次の瞬間には、まるで魔法が解けたかのように凍り付くことになるのだが、この時の彼は知る由もなかった。


 オオタニ侯爵のもとに、一通の魔法便が届いた。差出人は不明。封を開けると、そこには色とりどりの焼き鮭サンドイッチの写真が並び、


「お誕生日おめでとう 次女くんへ!ママの力作 キャラ弁だよ★」


 と可愛い文字が踊っていた。何の変哲もない親バカ写真――そう、思ったのも束の間。


「……これは……私の顔ではないか……?」


 侯爵の頬が引きつった。パンの間から覗く海苔が、明らかに侯爵の鋭い眉を描いていた。鮮やかな焼き鮭の身は鼻筋を模し、米粒の丸みは彼の頬。

 そして、少しばかり焦げ目のついた焼き鮭の皮で描かれた口元には、彼の“名誉ある歯並び”が、あろうことか、少しガタガタに再現されていたのだ!


「これは――これは、侮辱だァァァ!!!」


 彼の周囲に、微かな魔力のオーラが立ち上るのが見て取れた。それは、彼が普段は決して見せない、強い魔力の兆候だった。


 千田界では、感情が昂ぶると魔力が活性化する者が稀に存在し、オオタニもその一人だったのだ。


「召喚の契り、開かれし扉よ! 我が怒りの対象をこの手に引き寄せよ!」


 すると次の瞬間、洗濯物を干していた周東さんが、家ごとひとつ、ゴォォォォンと異空間に吸い込まれたのだった。次に目を開けた時には、見慣れない場所に立っていたのだ。


 そこには、先ほどまでいたはずの日本の自宅の庭とは全く異なる、異世界が広がっていた。


 見たこともない植物、奇妙な形をした雲、そして、目の前には、怒りに震えるオオタニ侯爵と、その隣で困惑した表情を浮かべる執事、タナカの姿があった。


「あの、すみません…ここは、どちら様のお宅でしょうか…?」


 周東さんは、恐る恐る尋ねた。彼女の質問に、オオタニ侯爵はさらに顔を歪ませた。


「ここは、紛れもない私の家の庭だ!何者だ!そして、なぜ私の顔を模した焼き鮭サンドイッチなど持っている!?」


「えっと…オオタニ侯爵様のキャラ弁を…失敗してしまって…」


 周東さんは、焼き鮭サンドイッチを差し出しながら、力なく答えた。


「もしや私の呪文が…一時の感情で……あのような女性を召喚してしまった……反省せねば…」


 彼は、一時の感情で周東さんを召喚してしまったことを、すでに後悔していた。まさか、子供連れで、しかもこんなおかしな理由で異世界転移させてしまうとは。


 彼は、自らの衝動的な行動を呪った。普段は冷静沈着な自分を誇りに思っていただけに、この失態は彼にとって大きな打撃だった。


 城の奥から、柔らかな足音が近づいてきた。まるで、庭園に咲き誇る花々が、風に揺れるかのような優雅さだった。

 現れたのは、オオタニ侯爵の妻、ミコだった。彼女は、生まれたばかりの娘を優しく抱きながら、静かな足取りで庭園に現れた。


 ミコは、千田界では「癒しの魔女」として知られ、その穏やかな人柄と、どんな状況でも冷静に対処する能力で、オオタニの暴走を幾度となく止めてきた人物だった。彼女の存在は、城に安定と調和をもたらしていた。


「オオタニ様、一体どうなされたのですか?何やら騒がしいと聞いて、心配いたしましたわ。」


 ミコの優しい声に、オオタニは一瞬たじろいだ。彼は、妻の前ではめったに怒りの感情を見せることはなかった。

 ミコは、オオタニがどんなに偉大な侯爵であっても、彼を一人の人間として、温かく包み込む存在だった。


「ミコ…実は…」


 オオタニは、起こったことを正直に話した。彼の口から語られる信じられない事態に、ミコは驚きの表情を見せたが、すぐに落ち着きを取り戻した。

 彼女は、彼の話を聞きながら、庭園の片隅にいた周東さんとその子供たちに目を向けた。


 子供たちは、突然の異世界に戸惑いながらも、必死に母親の服にしがみついている。その小さな瞳には、不安と好奇心が入り混じっていた。


「まあ、大変なことになりましたわね。でも、オオタニ様の呪文は、滅多に失敗することはないはずですのに…」


 ミコは、周東さんの手にある焼き鮭サンドイッチに目を留めた。彼女は、そのサンドイッチをじっと見つめ、やがて小さく吹き出した。

 その笑い声は、凍り付いていた庭園の空気を、一瞬で和らげる力があった。


「ふふ、オオタニ様。この焼き鮭サンドイッチ、とてもよく似ていますわ。特に、怒ったお顔が。まるで、オオタニ様の生き写しのようですもの。」


 ミコの言葉に、オオタニは顔を赤らめた。その顔は、焼き鮭サンドイッチの憤怒の表情とは真逆の、純粋な恥ずかしさに染まっていた。


 デコもまた、ミコの隣に寄り添い、周東さんの足元に擦り寄って、しっぽを振っている。まるで、周東一家を歓迎しているかのように、楽しそうに吠えた。


「あの…」


 周東さんが、恐る恐る口を開いた。子供たちのお腹の音が、静かな庭園に響き渡った。


「この子たち、お腹が空いているようで…何か食べるものはありますでしょうか…?」


 ミコは、周東さんの言葉に優しく微笑んだ。その笑顔は、周東さんの心に温かい光を灯した。


「もちろんですよ。さあ、中へどうぞ。子供たちも、疲れているでしょう。長旅でお疲れでしょうから、まずはゆっくりと休んでください。」


 ミコは、周東一家を城の中へと招き入れた。オオタニは、まだ多少気まずそうにしていたが、ミコの温かい対応に、少しずつ緊張が解けていくのを感じた。


 タナカもまた、ミコの指示に従い、周東一家を客間に案内した。城の雰囲気は、一瞬にして穏やかさを取り戻したかのようだった。


 その日から、周東一家の千田界での奇妙でハッピーな新生活が始まった。最初は、言葉も文化も違う異世界での生活に戸惑うばかりだった。

 食事の習慣、衣類、時間の概念までもが、日本のそれとは大きく異なっていた。


 しかし、ミコとタナカの助けもあり、少しずつ慣れていった。ミコは、日本の文化に興味を持ち、周東さんから色々な話を聞くのが好きだった。特に、日本の「キャラ弁」の概念には、驚きと感嘆の声を上げていた。


 ある日の夕食時、周東さんが千田界の珍しい魚を調理していた。

 その日の献立は、オオタニが以前から「千田界の魚は素晴らしいが、日本の焼き鮭の香ばしさにはかなわない」とつぶやいていたことから、周東さんが腕を振るうことになったのだ。


 厨房に広がる香ばしい匂いに、オオタニの鼻がひくつく。食卓に並べられたのは、まさに日本の焼き鮭だった。一口食べると、オオタニの顔に満面の笑みが広がり、


「これは…まさに求めていた味だ!」


 と感嘆の声を上げた。子供たちも初めての焼き鮭に目を輝かせ、ミコもその美味しさに感動しきりだった。

 それからというもの、侯爵家の食卓には頻繁に焼き鮭が並ぶようになり、食後には周東さんの手作りの焼き鮭サンドイッチがおやつとして振る舞われることもあった。


 侯爵は、最初の怒り顔のサンドイッチのことは忘れ、この新しいサンドイッチをすっかり気に入っていた。

 オオタニ侯爵は、相変わらず野球の練習に熱心だったが、時折、周東一家の様子を気にかけるようになった。


 特に、子供たちが彼の練習を興味深そうに見つめていると、いつもより真剣にバットを振るようになった。子供たちは、彼が放つホームランの数々に目を輝かせ、「すごい!」と叫ぶ。その声が、彼の心に温かい何かを灯すのだった。


 子供たちは、侯爵の飼い犬デコとすぐに仲良くなった。デコは、まるで兄弟が増えたかのように、子供たちの遊び相手になり、城の中を駆け回る姿は、侯爵の心を和ませた。


 子供たちがデコと遊んでいる姿を見ると、オオタニは思わず顔がほころんだ。デコもまた、以前にも増して活発になり、その短い尻尾を常に振り回していた。


 ある日の午後、オオタニはミコと共に庭園で、子供たちとデコが楽しそうに遊んでいるのを眺めていた。子供たちの無邪気な笑い声が、城の庭園に響き渡る。


「ミコ、あの焼き鮭サンドイッチが、まさかこんな騒動を引き起こすとはな…」


 オオタニは、ぼそりとつぶやいた。彼の声には、後悔と、そして微かな皮肉が混じっていた。


「あれから、もう半年が経ちましたわね。周東さんたちも、ずいぶんと千田界の生活に慣れてきたようですし、子供たちも溶け込んでいますわ。」


 ミコは、彼の言葉に優しく微笑んだ。その笑顔は、オオタニの心を温かく包み込んだ。


「でも、オオタニ様。もしあの焼き鮭サンドイッチがなかったら、私たちは周東さんたちと出会うこともなかったでしょう?きっと、どこかで悲しい思いをしていたかもしれませんわ。」


 オオタニは、ミコの言葉にハッとした。確かに、最初は怒りの感情で召喚してしまったが、周東一家の存在は、城に新しい風を吹き込んでくれた。


 子供たちの笑い声は、城の静寂を破り、デコも以前にも増して活発になった。城全体が、以前よりも明るく、活気に満ちている。


「…そうだな。確かに、そうだ。」


 オオタニは、小さくうなずいた。彼は、今ではあの呪文を詠唱したことを後悔していなかった。

 むしろ、あの焼き鮭サンドイッチが、彼と周東一家を結びつけるきっかけとなったことに、感謝すらしていた。


 あの怒り顔の焼き鮭サンドイッチは、彼にとって、もはや嫌悪の対象ではなく、むしろ「縁」を繋ぐ不思議なアイテムとなっていたのだ。


 もちろん、たまに周東さんが、昔の癖でオオタニ侯爵の顔を模した焼き鮭サンドイッチを作ってしまうと、侯爵は未だに複雑な表情を浮かべるのだが、それはまた別の話である。


 周東一家は、オオタニ侯爵の城で、千田界での奇妙で楽しい日々を送っていくのだった。彼らの物語は、まだ始まったばかりだ。


 そして、その物語には、これからもたくさんの驚きと笑顔が待っているだろう。


 周東さんは、千田界での生活を通じて、少しずつ変化していった。最初は、自分の不注意で子供たちを異世界に連れてきてしまったことに罪悪感を感じていたが、ミコやタナカの温かいサポート、そして何よりも子供たちの笑顔が、彼女を前向きにさせた。


 周東さんの子供たちは、千田界の生活にすっかり馴染んだ。長女は、野球の才能に魅せられ、彼の練習を熱心に見学するようになった。


 オオタニも、子供たちの熱意に応えるように、時折、彼らに野球の基本的な動きを教えていた。


 次女は、デコと片時も離れず、まるで兄妹のように城を駆け回った。


 そして、末の娘は、ミコの愛情を一身に受け、すくすくと成長していった。彼女の無邪気な笑顔は、城にさらなる喜びをもたらした。


 オオタニ侯爵は、周東一家との出会いを通じて、新たな一面を見せるようになった。以前は、野球のことばかり考えていた彼だが、今では家族との時間も大切にするようになったのだ。ミコや娘、そして周東一家の存在が、彼の心をより豊かにしていった。


 ある晩、オオタニはミコと、子供たちが眠りについた後、静かに語り合っていた。


「ミコ…あの焼き鮭サンドイッチがなければ、私はおそらく、永遠に自分の世界に閉じこもっていたかもしれない。」


 オオタニは、真剣な眼差しでミコを見つめた。ミコは、彼の言葉に優しく手を重ねた。


「人は、誰かと出会うことで、新しい自分を見つけるものですわ。周東さんたちとの出会いは、オオタニ様にとって、きっと神様が与えてくださった試練であり、祝福だったのですわ。」


 オオタニは、ミコの言葉に深く頷いた。彼は、一時の感情で詠唱した呪文が、まさかこれほどまでに自分の人生を変えるとは想像もしていなかった。

 あの怒り顔の焼き鮭サンドイッチは、彼にとって、もはや笑い話では済まされない、人生の転機となったのだ。


 周東さんは、いつか日本に帰る日が来るかもしれないと、心のどこかで思っていた。しかし、今の彼女は、千田界での生活を心から楽しんでいた。


「ママ、私、千田界が大好きよ!」


 ある日、次女が周東さんの服を引っ張りながら言った。その言葉に、周東さんの胸は温かいもので満たされた。


 オオタニ侯爵と周東一家の物語は、これからも続いていく。焼き鮭サンドイッチが繋いだ奇妙な縁は、千田界と日本、二つの世界を結びつけ、新たな物語を紡ぎ出すだろう。


 そして、その物語は、きっと多くの人々に、笑顔と感動を与えるに違いない。怒り顔の焼き鮭サンドイッチは、単なる失敗作ではなく、奇跡の始まりだったのだから!

●このお話しはフィクションです

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